- ナノ -





補佐になるとは言ったものの、数日間は身の回りの、契約だとか、衣服だとか、そういった物の準備で手一杯で補佐の仕事は後回しになっていた。補佐という役職についてもラザード統括が難色を示し、中々受け入れられなかったこともその一因だ。

数日間の寝食は社内の仮眠室と食堂でどうにかなった。流石にお金は自分ではどうしようもなくてセフィロスから借りたけれども。

「これが……」
「IDカードだ。セキュリティカード、個人証明も兼ねているから失くすなよ」

自分の写真の付いているIDカードを受け取り、スミレはじっくりと眺めた。ゲームのグッズとしてあるのは知っていたが、これはレプリカではなく本物。自分自身のカードを実際に見るのは感無量だ。
受け取ったカードを失くさないよう大事にポケットに仕舞いこむ。

「ありがとう、セフィロス」
「気にするな、大したことじゃない」

感謝を伝えるとさらりと受け流された。物に対してというより、セフィロスにしてもらったことに対して言ったのだがあまり伝わって無さそうだ。イメージ通りのセフィロスらしさにちょっぴり笑みが漏れる。

「本格的に補佐の仕事を始める前にスミレの戦闘能力を知っておきたい」
「うっ……それってどういう感じのもの、です──いや、ものかな?」

つい癖で敬語になりかけて、言い直す。というのも、ずっとカチコチで敬語を使っていたら、セフィロスに「他人行儀な話し方はやめてくれ」と言われたのだ。しかし、スミレも器用なタイプではない。気を抜いたらついつい敬語に戻ってしまう。

「トレーニングルームで簡単なメニューをこなしてもらう」
「簡単なメニューって?」
「単純な体力測定と魔法能力測定だな」

魔法と聞いて、浮き足立った。体力測定はインドアを貫いていたスミレにとっては憂鬱だが、魔法は興味がある。興味があるだけで異世界人な自分に使えるかどうかは不明だが。

目を輝かせたスミレに、ふっとセフィロスが笑う。

「やる気があるのは何よりだ」
「あっ!体力測定は絶対ゴミみたいな結果だす自信しかないです!魔法は使ったことないので不明!」
「……やれやれ、先が思いやられるな」

元気よく挙手して主張すると、呆れたようにため息をつかれた。





ところ変わって、トレーニングルーム。
ガラス張りの青白い床に、頑丈そうな金属製の壁。なんの変哲もない部屋だが、ゴーグルを着けて仮想データを読み込めば、あっという間に様々な場所に変わるあの場所だ。

わぁ、と目を輝かせて、部屋を見回す。

「そういえば体力測定って何するの?」
「──スクワットだ」
「すくわっと……」

思い浮かんだのは作中で暇さえあればスクワットをしていた子犬の彼──ザックスだ。セフィロスがスクワットのやり方を懇切丁寧に口頭説明してくれていたが、上の空で頷く。

ザックス。ザックス・フェア──ゴンガガ出身のソルジャー。今はクラス2ndだろうか。私が一番好きなキャラクターで、エアリスの好きな人。作中でもそんな風に描かれていて、そんな二人の仲を引き裂くような真似なんて私には到底出来やしない。

会えるだけで十分。
会って、話して、それだけで幸せだ。

「──スミレ、聞いていたか?」
「あっうん。いい感じにスクワットするんでしょ?」
「……本当に聞いていたか?まあいい、今から一分測る」

ストップウォッチを片手に「さあ始めるぞ」と言われて、スミレは気を引き締めた。

屈んで、立つ。たったそれだけの動作なのに連続するととてつもなくしんどい。イチ、ニ、サン──と順調な滑り出しをしたものの、十を越えた辺りで太ももとふくらはぎが悲鳴をあげ始めた。徐々に動きは鈍り、屈むのが辛くなってくる。一分を測り終えた頃には脚はがくがくで、ストップウォッチのアラームが鳴ると同時にスミレは床に転がった。

「21回。まるでダメだな」
「私の中では……かなり健闘した方だと……思うんだけど……」

確かにザックスは一分で80回以上はやっていたような気はするけれど、ソルジャーと素人を比べないで欲しい。一般人ではこれくらいで当然だと思う。多分。

へなちょこになって床の冷たさを堪能していたら、片手で軽々と身体を引き上げられて立たされる。

「暫くは基礎体力トレーニング。武器を使った訓練は当分先になるな」
「うへぇ……キツそう……」
「安心しろ、お前にも出来るメニューを組んでやる」

逆に安心できないんですが、それは。何でも出来る完璧人間にメニューを組ませたら、めちゃくちゃキツイメニューになるのではなかろうか。
先行きが不安すぎて、今更ながら補佐になると決めたことを後悔した。それでもやるしかないのだろうけれど。

「次は魔法だな」

セフィロスは懐から緑色の手のひら大の水晶玉を取り出す。思ったよりも大きなマテリアに内心驚きつつも、受け取りしげしげと眺めた。

「マテリアには古代種の知識が封じ込められている。その知識を借りて初めて魔法を使用できる」
「はい!先生質問です!魔法を使うイメージがわかりません!」
「誰が先生だ……まあいい。ファイアなら炎、サンダーなら雷、ブリザドなら氷、強くイメージして呪文を唱えるのが基本だ」

わりとそのまんまだなと考えながら、相槌を打つ。

「それで発動しないならイメージ不足か、魔力が足りていない」
「ふむふむ……」
「このバングルにマテリアを着けて、まずは魔法を発動させてみろ」

神羅のロゴが入ったシンプルな腕輪にはふたつくぼみがついている。ここにマテリアを嵌めて、バングルを腕につければ魔法が使える訳だ。理屈はわからないけれども。

「よし、じゃあやってみるね」

セフィロスから受け取ったマテリアを嵌めて、腕輪を右腕に取り付けて炎をイメージする。魔力だとか、精神力だとかそういった類いのエネルギーはさっぱり感じることができないので、全身全霊で力みながら右手を前に突き出した。

「──ファイア!!」

初めての魔法なんて、どうせ発動しない──と高をくくっていた数分前の自分を叱りたい。
刹那の閃光、そして爆発、室内に荒れ狂う熱気。熱風に髪を煽られながら、スミレは呆然と立ち尽くした。

「…………わ、ワァ……」

ゲームで見るファイアよりも数段ド派手なファイアだったし、壁は焼け焦げてるしで色々と理解が追い付かない。これが果たしてファイアの魔法として正解なのかもわからない。助けを求めるように顔を上げると、セフィロスは顎に手を当てて意味深な顔をしていた。

「せ、セフィロス……?」
「スミレ、お前に渡したマテリアは何のマテリアかわかるか?」
「え、と……ほのお、でしょ?」

ファイアが発動したし、ほのおマテリアの筈だ。セフィロスは徐にスミレの右腕を掴み、バングルのマテリアに触れる。

「……違う。これはれいきマテリアだ」
「え?」
「本来ならファイアを唱えたところで発動する筈がない……いったいどういうことだ……」

独り言のようにぶつぶつと呟き、セフィロスは考え込む。
この世界の魔法のルールではれいきマテリアでほのお魔法は使えない。しかし、魔法は発動した。つまりそれが意味することは──

「スミレ、一度バングルを外してサンダーを撃ってみろ」
「え、あ、うん」

セフィロスもスミレと同じ考えに至ったようだ。バングルをセフィロスに返し、スミレは再び魔法のイメージを脳内に描いた。今度は控えめに。

「サンダー!!」

青白い閃光が駆け巡り、パチパチと静電気レベルの雷が弾けた。細やかな雷は何も傷つけることなく宙で消える。威力はさておき、これではっきりとした。

「まさか本当にマテリアなしで魔法が使えるとはな……」
「私も驚いてるんだけど……」
「……俺が知る限り、マテリアなしで魔法を使える人間など聞いたことがない」

こんなところで異世界トリップありがち、夢主特典が判明するとはスミレだって想像していなかった。何もなしの平凡女子の筈が思わぬ特異体質だ。

顎に手を当てて考え込んでいたセフィロスが、ちらりとガラス張りの向こうの科学者を睨む。トレーニングルームのプログラムを調整している科学者は別段こちらに気付いた様子もなく、キーボードを打ち込んでいた。

「スミレ、社内では絶対にマテリアの装備無しに魔法は使うな。科学部門にバレると厄介だ」
「う、うん……わかった」

スミレも科学部門の恐ろしさはよく知っている。統括の宝条のことも。

「よし、いいこだ」

返事を聞いたセフィロスは頭をくしゃりと撫でてきた。




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