- ナノ -






──仮眠室で一夜を明かした翌日。

神羅ビル49階、ソルジャーフロアの奥のフリースペースに備え付けられたテーブルでスミレとセフィロス、アンジールは向き合っていた。ジェネシスは少し離れたところで壁に凭れ掛かりながらLOVELESSを読んでいる。

「結局、ソルジャークラス1st補佐って何をすれば?」
「そうだな……昨日も言った通り、任務の授受や報告書の作成……戦闘のサポートだな」

主な仕事は事務仕事、という認識で良いのだろうか。一番最後に付け足された戦闘のサポートとやらが気に掛かるが、とりあえず話を聞く。

「雑務をこなしてくれれば俺達の仕事も楽になる」
「普段セフィロス達がやってる仕事の一部が、私の仕事って事で良い……のかな?」
「そうだな。そういう認識で問題ない」

話し合いの前に買ってもらった缶コーヒーを一口飲んで、相槌を打つ。コーヒーの苦味が気分をすっきりさせて、思考をクリアにしてくれる。

「任務の報告書となるとスミレも任務に同行させるのか?戦闘能力のないスミレを任務に同行させるのは危険だぞ」
「ああ。それは俺も承知している。だから、スミレにも戦闘技術を学んでもらう」

スミレ自身の話し合いといえど、ソルジャーの勝手は分からず流れに身を任せていると不穏な言葉が聞こえた気がして思わず「え?」と声を漏らした。

任務に同行する話の後、セフィロスはなんと言ったか。急に耳が悪くなってうまく聞き取れなかった。というより、脳が聞き取るのを拒否した。

「スミレ、戦闘経験はあるのか?」

アンジールが心配そうに尋ねてきたが、もちろんあるわけがない。武器らしい物といえば精々包丁かハサミくらいで、それも正しい使い方しかしていない。

「無い、です。戦ったことも、何にも……」
「モンスターとも?」
「ありません……」

俯いてぼそぼそと答える。戦闘のせの字も知らない。
せめて剣道か、空手だとか、もっと身体を鍛えるような部活動をしてくるべきだったとインドア派だった自分を今更ながら恨む。

「……セフィロス、やはり酷だと思うが……」
「いや、スミレには今からでも戦闘技術を学んでもらう。幸いここにはトレーニングルームもあるしな」

確かに訓練の場所には困らないだろう。神羅の最新技術でVR戦闘だって出来る。だが、バーチャルならいざ知らず、現実世界で戦うということは誰かの命を奪うということだ。覚悟もない私が目の前の人間を殺せるのだろうか。

缶を両手で握りしめて、口を固く閉じる。

「強引すぎる。スミレの気持ちも聞くべきだ」

セフィロスによって勝手に進められようとしている話をアンジールが止めた。1stの中でも人付き合いが多いアンジールがこの場にいてくれて本当に良かった。セフィロスだけだったら押し流されていたろうし、ジェネシスが会話に参加していたとしても鼻で笑われて終わっていただろう。

「どうなんだ」と問い掛けられて、スミレはおどおどと答えた。

「戦うのは、ちょっと自信がない、です……」

精神面はもちろん身体能力面でも不安しかない。魔法が使えるかどうかはさておいて、運動能力だって平均ど真ん中で、インドア派で体力もジリ貧。
ゲームで散々戦闘モーションを見たから言えることだが、縦横無尽に跳ね回り、武器を振り回すなんてハッキリ言って無理だ。ソルジャーの面々はともかく、ティファやバレット達も恐ろしく身体能力が高かった。そんなことがスミレに出来るかと聞かれたら、声を大にして言いたい──無理です、と。

「……そうか。なら他の案を──」
「その必要はない」

カツ、カツ、とヒールが床を叩く音がして顔を上げた。それと同時に首もとに鋭利な赤色が突きつけられて、私は思わず息を飲む。

「今ここで決めろ。生きるか死ぬかをな」
「なっ!?ジェネシス、やめろ!」
「アンジール、黙っていろ。さあ、どうする?」

少しでも首を動かせば、ジェネシスのレイピアが皮膚を切り裂けるほどの距離。呼吸さえも止めて、呆然とジェネシスの顔を見上げる。冷酷な眼差しがスミレを射貫き、今にも刺し殺さんとしていた。

アンジールがセフィロスに目配せしたが、セフィロスは事態をただ静観しているのみだ。

「そ、んな……」
「決められないか?なら死ぬだけだ」

首筋につきりと痛みが走り、液体が伝うのを感じる。ジェネシスは本気だ。本気でスミレを殺そうとしている。
拷問を受けていた時は死にたかった。けれど、いざ死を目前にすると恐ろしくて、怖くて、死ぬ覚悟も何も出来なかった。

もちろん、今だって。

生か、死か──そんなもの初めから決まってる。

「……生きたい……生きたいです」

唇を戦慄かせながら答えた。

「……だから戦い方を、教えてください……」

膝に乗せた両手を痛いくらい握りしめ、泣いてしまいそうな気持ちを堪えてジェネシスの目を見つめ返す。答えに満足したのか、ジェネシスは鼻で笑いながら、レイピアを引いた。
刃が遠ざかって、全身から力が抜ける。知らぬ間にひどく緊張していたようだ。

「いいのか?」
「……いいんです、それで」

アンジールが心配そうに尋ねてきたが、スミレはただ力なく笑った。

未来を考えれば戦えた方がいい。どれくらい強くなれるかなんて想像もつかないけれど、それでも。

守りたいものを守るために、強くなろうとこの日心に誓った。


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