- ナノ -





拷問室から出た後、おっかなびっくりしながらセフィロスの後ろをついていき、まず向かったのはシャワー室。この星一の大会社だけあって個室が幾つもあり、アメニティ用品も充実していた。驚いたのは下着類や着替えまで用意されていたことだ。
後からセフィロスに聞いた話だが、兵士が任務で衣服を破損することが多いため、こうして着替えの用意があるらしい。デザインは素朴なものではあるがないよりは全然良い。ありがたく使わせてもらった。

それから、医務室で簡単に身体検査をしてもらったり、社内食堂でご飯を食べたりとあれこれしていたら、時間は夜の九時を指していた。

流石にこの時間になると社内はがらんとしており、ちらほらと残業──或いは夜勤の人達が忙しそうに往来している。そんな光景を横目にセフィロスと共にエレベーターに乗り、辿り着いた先は49階──ソルジャーフロアだ。

「お前に紹介したい奴らがいるんだ」
「ええっと……」

それはもしかして:アンジールとジェネシス。
もしかしてどころか間違いなくそうだろう。廊下の先に1stカラーの制服と赤いコートが見えている。

「セフィロス、どこに行っていたんだ。統括が次の任務の事を──」
「待てアンジール……なんだその子供は?」

アンジールの言葉を遮り、ジェネシスがじろりと此方をねめつけた。嫌悪感を示す、刃のように鋭く冷たい目に射貫かれてスミレは心臓が押し潰されそうになる。重なるのはツォンの顔だ。恐怖を堪えようと胸元を押さえ、視線を足元に落とした。

「そう睨むんじゃない。怯えているじゃないか」
「元からこの顔だ」

アンジールに窘められても、ジェネシスはふんと鼻をならしてそっぽを向く。ゲームで見るよりもかなりツンツン尖った態度だ。単純に部外者のスミレが気に入らないだけなのかもしれないが、端から受け入れようとする気もないその様子に戸惑いを隠せない。

「悪いな。俺はアンジール。アンジール・ヒューレーだ。あいつはジェネシス。あんなやつだが気を悪くしないでやってくれ」
「えぇっと……スミレです。スミレ・草野」

苦笑いを浮かべながらアンジールが自己紹介をしてくれたのでスミレもそれに倣う。ジェネシスのフォローも忘れない辺りが面倒見の良いアンジールらしい。
件のジェネシスはといえば、愛読書であるLOVELESSを開いて此方には目線さえも向けていない。予想外のイメージダウンに少々ショックを受けつつも、スミレは笑顔を貼り付ける。

「ところで彼女は何者なんだ?意味もなく連れてきた訳じゃないだろう?」
「ウータイのスパイ容疑でタークスに捕らえられていた」
「……よくタークスが許してくれたな」
「強引に連れ出した。連中相手にはそれしかなかったからな」
「なるほど……無茶をしたな」

眉間を押さえ、渋い顔をしながらアンジールは相槌を打った。その無茶のお陰であの地獄から脱出できたのだ。セフィロスには一生感謝しても足りないくらいだろう。と、そこまで考えて、気付く。

そういえば助けてもらったのにお礼のひとつも言っていない。自分の心の余裕がなかったのと、タイミングを逃してすっかり頭から抜けていた。スミレはいそいそとセフィロスの袖を摘まんで、彼の顔を見上げた。

「あの……言うのを忘れてたんだけど……助けてくれて、ありがとう、セフィロス」
「気にするな。俺が助けたかったから助けただけだ」
「ううん。夢の中でもずっと声をかけてくれてたでしょ?その声のお陰で私あの暗い部屋で希望を持てたの」

どういう切っ掛けで夢が繋がったのかは分からないが、夢の中でセフィロスが声をかけてくれなければスミレは早々に心を壊して死を選んでいた。ライフストリームの温かさは確かに優しかったけれど、それ以上にひとりじゃないという希望は何よりも大きい。

「だから、ありがとう」

緩やかに口角を上げながら、スミレはお礼を重ねた。二度目の言葉を聞いてセフィロスは何も言わずに、頭をぽんぽんと撫でてくれた。

この歳になって頭を撫でられるのは何だかむず痒い。嫌ではないけれども。

「──それで、スミレはどうするんだ?このまま街に帰すのか?」

二人の視線が突き刺さり、居心地の悪さに身体を小さくする。セフィロスもアンジールも美形だから、見つめられると緊張してしまう。

それはさておき、私に関する話だ。どうするのだろうと二人の顔を見上げる。
このまま街にリリースされても個人IDカードもなく、戦闘能力もない私には生きていける術がない。この世界の知識があったとしても、それを使えるかはまた別問題だ。

「いや……それだとタークスがうるさい。それにまた捕まる可能性もある」
「なら、どうする?」
「そうだな……」

顎を擦り、視線を蛍光灯に向けた。
翡翠に銀を混ぜたような魔晄色の瞳が光を通してきらりと光る。この瞳をセトラの生き残りである彼女は空みたいだと表現したのかとぼんやりと考えた。

暫し考えていたセフィロスが何か思い付いたのか、じっとスミレを見る。

「……スミレ、ソルジャーになってみないか?」
「「は?」」

想像の斜め上の提案に、思わずアンジールとハモった。当の本人は至って普通の表情で、別段変な提案をしたつもりもなさそうだ。

「待て、セフィロス。スミレは女の、それもまだ幼い。そんな彼女に人を殺せと?」

アンジールは少しばかり語気を荒らげてセフィロスに詰め寄った。"人を殺す"その言葉に震える。この世界では当たり前にある物事──人だけでなく、モンスターだって。元の世界よりも死が近い。戦争だってしている。

「だが、それ以外に何がある?ソルジャーの肩書きがあれば、タークスの監視の目は和らげられる」
「……っ、だが、人を殺させるのは──」
「ソルジャークラス1st補佐」

聞き覚えのない単語にスミレは首を傾げた。アンジールも初耳らしく、鸚鵡返しにセフィロスに聞き返す。

「1stの補佐。任務の授受、報告──俺達のサポートをして貰う。どうだ?」
「成る程……考えたな。それなら万が一の事があっても俺達が護れる」

ソルジャークラス1st補佐。ゲームには無かった役職に不安もあったが、セフィロスが考えてくれたのだから悪いようにはならないだろう。

「後はラザード統括にどう説明するか、だな」
「今日はもう遅い。その件は俺が明日どうにかしておくさ」

スミレの身柄についての話し合いが纏まったところで一旦話は終わった。




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