- ナノ -


目尻に浮かんだ涙を袖で拭って、ナツキは立ち上がった。あまりもたもたしている暇はない。急がなければ爆撃機が放たれてしまう。

第一隔壁を越えれば扉はすぐそこだ。だが、そう容易くはいかなかった。扉にはカードキー式のロックが掛けられており、このままでは開かないようだ。それも左右に二つ。二枚のカードを同時に通さないと開かない面倒なタイプ。

「カードキーがいるみたい。どこかに──」

ないかな?と言おうとした瞬間、足下でモーターの動く音がして、穴の中からかなり厳つくて危険そうな物を手に持ったダンディーなマジニが姿を現した──それも紅白二人組。

目の前に現れた巨体のマジニと目があって思わず顔が引きつった。血走った目が途轍もなく恐ろしい。何よりもその背中にある大きな箱とそこに繋がる巨大な筒は明らかにヤバ──

「んのぉおおおおお!!!!」

振りかぶられたガトリングガンをバックステップで避けた。大きな武器を持っているから動きはそこまで速くない。二撃目が来る前に銃を抜き、後退しながら発砲した。

「あ」

狙いがズレてガトリングマジニのベレー帽を弾き飛ばしてしまった。つるんとした黒光りする頭部が露出して、その瞬間心の中で謝罪する。周囲にカツラを被っているのを秘密にしてる人のカツラを不注意で取ってしまったような罪悪感があった。

いや、禿げててもダンディーだよ。だからこっちにガトリング──

「いやぁあぁあああああ!!」

ガトリングガンが火を吹くよりも先に全力疾走で逃げた。砲身の回る音が心臓を凍りつかせる。発射までに僅かにタイムラグがあって助かった。ナツキは角を曲がり、通路の陰に身を隠す。その直後に激しい銃声が響き渡り、壁に無数の穴を開けた。一歩遅かったら蜂の巣になるところだ。

しかし、ほっと一息つく暇もない。奴の重量感のある足音が近付いてくる。体勢を整えるのもほどほどにナツキは走りだす。なるべく直線上に立たないようにジグザグに動く。気がつけば何故かガトリングの音が三重に聞こえる……気がする。

背後を確認する余裕はない──が気になるものは気になる。好奇心に負けて、そろりと肩越しに振り返った。

「ひぇっ!」

鼻先を掠めた銃弾に肝が冷える。

「ナツキ!止まると危ないぞー!」

「はぁっ!?」

遠くから聞こえたクリスの声に逃げているのも忘れて勢い良く声の方を見た。高台の固定砲台に座るシェバの姿──に、遠い目をする。
若干の悪意のある銃撃に合点がいってナツキは何も言わずに四肢に力を込めた。ずだだだだ、と銃声がナツキを追いかけるように響く。敵より此方を攻撃してるんじゃ無かろうか。

「よし、一体やったぞ!もう少し持ちこたえろ、ナツキ!」

そんなクリスの声に勇気付けられつつも、どうしてこんな役回りなのか、という疑問も抱く。明らかに戦闘素人にやらせる役ではないと思うんですが、それは。

梯子を上り、柱の陰に隠れ、ひたすらに駆け回ること約五分。ようやっともう一体のガトリングマジニも撃破できた。固定砲台から降りてきたシェバの生き生きとした表情には苦笑いしか出ない。楽しそうで何よりだけども。

「さてと……」

カードキーはどこだろうか、とそれぞれのガトリングマジニのズボンをまさぐる。ぱつぱつのミリタリーズボンのポケットの隙間にメタリックな赤と白のカードキーが挟まっていた。手にいれたカードキーを手にごうごうと唸るエンジンの音を聞きながら、ナツキ達は奥の扉に向かう。

その途中ナツキは二人の背中を見つめて足を止めた。寂しさというか、悲しさというか、言い知れない予感に胸がざわめく。どうしてかこれで終わりだと感じた。そんな筈、無いのに。

「ナツキ、どうした?」

「うぅん。何でもないよ……行こう。世界を救うためにさ」

足を止めたナツキに気づいて不思議そうな顔をしたクリスに、小さな笑みを返して前を見据えた。ナツキの言葉に二人が頷く。

ウェスカーを止める。
世界のために。

──それが俺の役目だ。

扉の両脇のカードリーダーにカードを通した。ぴぴ、と読み込まれる音がして扉が開く。細い通路の奥にはトライセルのロゴが印字された扉が見えた。

一歩踏み出すと空気が重くなった気がした。ずしりと身体にのし掛かってくるような、そんな空気。唾を飲み込み、不安げな動きをする心臓を落ち着けようと胸元に手を置いた。

「シェバ、ナツキ、油断するな」

扉の前で一度足を止め、クリスが振り返る。いつになく緊張した面持ちのクリスに釣られてナツキも顔を強ばらせた。

この扉を隔てた先にウェスカーがいる。ナツキの中のウロボロスがそう告げていた。

「行くぞ」

クリスの号令にナツキとシェバは力強く頷いた。


旅の終わりはもうすぐ
それに気づかない振りをしたのは──




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