「うん……もう大丈夫」
服の裾で涙を拭い、小さく笑う。二人はまだ心配そうな色を顔に宿していたけれど。
「これからどうするの?」
「……あぁ。ウロボロスウイルスで変異したエクセラを倒す。周囲の有機物を取り込んでどんどん巨大化して、放置するとかなりまずそうだからな」
「エクセラって……ウェスカーと一緒にいた女の人だよね?」
確か製薬連盟幹部の。そう言うとシェバが同意し頷いた。
「そうよ。もうトライセルは用済みって事ね。あの女使うだけ使われて捨てられたみたい」
彼女はウェスカーとは協力関係にあった筈だが何だってまたウイルスに感染しているのだろうと不思議に思っていたがそういう事だったらしい。シェバに指し示された船窓から外を覗くと、とてつもなく巨大な触手がうねうねと船の外側を這っている。確かにあれは放置するとヤバそうだが、とてもじゃないが手持ちの銃で倒せそうにない。
「あんなの無理じゃない?」
「倒すさ。世界のためにな」
カッコいい事言ってるがあんなのを倒せるビジョンが浮かばなくて、今からあれと対峙するのかとナツキはげっそりとした。
◇
変異したエクセラを倒すべく銃弾を回収しつつ船内を進み、船橋に辿り着いた。だだっ広い船橋はがらんとしていて、青白いモニターの光だけが煌々と輝いている。これだけ大きな船になると自動走行でどうとでもなるらしい。
クリスとシェバが周囲の捜索を始めたので、ナツキもずらりと並ぶモニターのひとつを覗きこんだ。運航状況を随時映しているのだろうが、数値や文字が何を表しているのかさっぱり分からず、数分で見るのを止めた。
「ん……?」
船橋の向かって左手、階段の手前のホワイトボードに幾つかの貼り紙がある。モニターは解読不能だったがこれなら分かりそうだ、と近づいて貼り紙に目を通した。
「ええと……えーせーれーざー・しゃんご?」
じゃんごとは。首を傾げつつ、続きを読む。
──衛星レーザー・シャンゴは、照射位置情報を「L.T.D.」(ロケットランチャー型の位置測定送信デバイス)から受け取ることにより、数十センチ単位の誤差で目標物への射撃を可能にする高高度射撃システムです。操作方法は……──
要するにめちゃくちゃ凄い威力の武器、らしい。概要説明の下には設置場所と使い方が箇条書きで書かれている。これは二人に見せた方が良いだろう。そう判断してホワイトボードから紙を剥がし、メインモニターの前で神妙な面持ちで何かを話し合っている二人の元に駆け寄った。
「ねぇ!これならあの大きな触手にも効きそうじゃない?」
「……衛星レーザー!?確かにこれがあればエクセラを倒せる!」
「一発撃つと暫く撃てないのが難点だけど、手持ちの銃を撃つよりかは格段にいいわね」
あれを倒せるビジョンがようやっと見えてきた……気がする。三人は衛星レーザーL.T.D.を手に入れるべく階段を駆け上がり、甲板へと出た。
冷えた潮風が吹き付けて、ナツキはぶるりと身体を震わせる。上着の襟元を寄せて温もりを保とうとしたが、穴空きだらけのパーカーではあまり意味はなかった。それに血が乾いてかぴかぴになって着心地が悪い。
こうなったのって大体ウェスカーのせいだ。寝台に寝かせておくならせめて上着くらいは新しくしておいてくれたっていいのに。
内心でひっそり文句を垂らしながら錆び付いた格子扉を開けて、甲板を見回した。
「衛星レーザーあった?」
先に甲板に出ていた二人に声をかける──と同時にシェバの背後で巨大な影がぬるりと動く。
「……ここで倒すしかないか……ナツキ、シェバ、気を付けろ!」
「うん!」
「わかったわ!」
目配せして振り返り、敵──ウロボロス・アヘリを見上げた。元の姿は欠片もない。一つ下の甲板から伸びる巨大な触手の天辺には赤い球体がくっついている。今までの敵の特徴と同じで、あれがアヘリの弱点なのだろう。
「ナツキ!後ろのカードリーダーにこれを通して!」
「わかった!──っと」
投げられた金色のカードキーをキャッチしてナツキは急いで背後のリーダーにカードをスライドさせた。すぐ横の収納庫が音もなく開く。中には探していたL.T.D.が設置されていた。
迷うことなく、グリップを握る。
「お、おもっ……」
構えようとしたのに重たくてフックから持ち上がらない。ウロボロスの効果で力が強くなった筈なのに、あれ?おかしいぞ。
二人に助けを求めようにもアヘリの攻撃を防ぐのに手一杯で余裕はなさそうだ。俺だって役に立つんだ、と気合いを入れて両腕に力を込めた。
「ふんぬっ!!」
じわりと身体の中心が熱くなって、手元のL.T.D.が軽くなる。突然の変化に戸惑いつつも、L.T.D.を肩に担ぎスコープを覗いた。
緑がかった暗視スコープ越しにアヘリを睨む。十字の中央に合わせてトリガーを引いた。その瞬間は自然と息が止まる。銃を撃ったときの様な反動はない。
雷の如く閃光が走り、空からレーザー光線が降り注いだ。球体がひとつ弾け飛ぶ。
「よし!……ん?お、おわっ!?」
L.T.D.を片手にガッツポーズをしていたら、ぐにゃりと柔らかい何かに足を取られてすっ転んだ。L.T.D.を持っていたせいで上手く受け身を取れずに思い切り顔面を打ち付ける。
「いってぇ……」
顔を擦りながら、身体を起こそうと地面に片手をついたらヌルリ。気持ちの悪い感触にナツキは跳ねるように身体を起こした。
「ななななななに!?キモチワル!!?」
小さな触手の塊がうねうねと蠢いている。その気持ち悪さたるや……言葉にするのもおぞましい。ひえ、とビビっていたら触手が此方に伸びてきた。
「ぎゃあああああ!!来んな!!」
脊髄反射で手でぺちーんと払ってしまったせいでヌルっとした触手の粘液が手のひらにこびりつく。服で拭うのも嫌な黒い粘液の最低最悪の気持ち悪さに絶望する。
「あれが本体だ!ナツキ、レーザーを撃ちこめ!」
「うええええ……手荒い場プリーズ……」
タァン──銃弾が頬を掠めた。
「さっさと撃ちなさいよ」
「は!!ただいま!!」
軍人のように背筋を伸ばして敬礼し、即座にL.T.D.を構えた。もたついたら絶対に二度目が来た。たぶん。
中央の触手の中から露出した黄色い球にレーザーが落ちる。白い光線は神の裁きの様だ。
アヘリのつんざく悲鳴を聞いて、ナツキは無意識の内に胸元を押さえた。助けて、と死にたくない、と叫んでいる様な気がして。クリスとシェバが追い討ちしているのにナツキはただ呆けていた。
ナツキもアヘリも同じ、ウロボロスだ。
何も変わらない同じ存在だ。
同情、という訳ではないけれど、そう考えたらどうしてもトドメを刺すことが出来なかった。俯いて、目を閉じて、耳を塞いだ。それでも隙間から入ってくる悲鳴は、脳裏にこびりついた風景は消えなかった。
「……ナツキ?どうしたの?」
肩を軽く叩かれておずおずと顔を上げると、心配そうにシェバが此方を覗きこんできた。いつの間にか悲鳴は止んでいて、聳え立つ塔のようなアヘリの姿は何処にもない。
死んでしまった。
消えて、なくなった。
「……シェバ。俺は──俺も……いや、やっぱり何でもない」
「……?そう?言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれていいのよ」
「うん。分かってる。大丈夫だよ」
微笑み、ありがとうと礼を言ってから、ナツキはさりげなく視線を反らした。真っ暗な海の水面が月明かりを受けて微かに光を反射させている。つい先程まで激しい戦闘があったとは思えない静かさだ。
吐息を漏らし、ナツキは視線を落とす。勇気がなくてつい言葉を濁してしまったけれど、いつかは言わなきゃならない時が来る。
──だって俺は……存在してはいけない"化け物"だから。
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