- ナノ -




side:Sheva

七分だけ相手してやる──随分と舐めた態度に内心怒りがわいたが、ウェスカーはシェバの想像以上に強く、苦戦を強いられていた。至近距離で撃っても、人外じみた速度で避けられて掠りもしない。その上攻撃は恐ろしいほどに威力がある。
更にはジルだ。しなやかな身体から放たれる体術はウェスカーとはまた違い、動きに翻弄される。

それにジルはクリスの相棒だ。下手に銃で撃って傷付ける訳にもいかない。あぁ、もう──女同士で殴り合いなんて嫌すぎる。

(そんな事よりも……)

柱の影に隠れ、ジルの銃撃をかわしつつシェバはフロアの中央で倒れているナツキを見た。血溜まりは先程よりも面積を広げている。失血量によってはいつ死んでもおかしくない状況だ。今すぐにでも手当てをして助けたいのに、出来なくて歯痒い。今シェバに出来るのは死なないでと祈りながら、戦う事だけ。

近付いてきたジルに鋭い右ストレートをお見舞いして応戦した。二、三度打ち合い、距離を取る。

ジル・バレンタイン──BSAAに所属していれば名前くらいは誰でも耳にする。BSAAの創設者、オリジナルイレブンの一人。クリスと並んで、ある種の英雄の様な存在だ。そんなジルとの出会いがこんな戦闘になるとは思いもしなかった。
苦い顔をして次の行動を測る。ラクーンシティの惨劇を掻い潜ってきただけあってジルの立ち振舞いは操られていても隙の一つさえない。

(流石、オリジナルイレブン様って訳ね)

向かってきたジルのハイキックを屈んで避け、そのまま足払いを仕掛けようとしたがジルは片足で軽やかに跳ねて後退した。こちらの攻撃は見抜かれていたらしい。追撃しようと距離を詰めて──。

タァン──

銃声にシェバは後退せざるを得なかった。向こう側の戦いの流れ弾が飛んできたらしい。そう広くはない空間で四人が戦っているのだ。無理もない。だが、このまま戦いを続けてあっちの戦闘のとばっちりを喰らうのだけはごめんだ。繰り出された拳を最小限の動きで避けながら、周囲に意識を向ける。

(……あそこね)

少し前にウェスカーの攻撃で壁が破壊され、隠されていた階段が顔を覗かせていた。

「こっちよ!」

ジルを挑発しながら、階段を駆け上がる。狭く入り組んだ通路は身を隠すのに丁度いい。威嚇射撃を一発撃ち込み、ジルの足を鈍らせてからシェバは物陰に潜みながら息を吐き出した。

状況は悪い。先程の戦闘を見た限りではクリスの方も苦戦しているようだった。こんなときにナツキが居てくれたら、なんて考えてしまう弱気な自分が嫌になる。ナツキと行動した時間は少ないけれど、能天気でちょっとお馬鹿なナツキの存在には助けられていた部分がたくさんあって、知らずのうちにナツキは保護すべき一般人という枠を越え、大切な仲間になっていた。

「……謝る必要なんて、ないのよ」

震える声で発せられた謝罪を思い出して呟く。ナツキが生きてさえくれるのなら、自分がどれだけ傷付いたって構わない。痛みには慣れている。

(死んだら許さないんだから……)

祈るように胸に手を当てて深呼吸を一つ。足音はもうすぐそばまで来ていた。ジルが角から顔を出した瞬間、手刀でマシンガンを叩き落とし腕を捻り上げる。だが、ジルも激しく抵抗し、シェバの拘束をはね除けた。

互いに後退し睨み合う。先に動いたのはジルだった。足元に転がるマシンガンを拾おうとしたのだろう。視線が下に落ちている。その隙を逃す程、シェバはバカじゃない。地面を蹴り、一気に近付いてジルの顔面目掛けて拳を振り抜いた。





side:Chris

ウェスカーは以前よりも格段に強くなっていた。鍛え上げられた体躯は服の上からでもうっすらと筋肉の形が浮かびあがっている。その昔にウェスカーに殴り負けた悔しさを思い出して、クリスは顔をしかめた。あの時も大概人外じみていたが、より一層磨きがかかっている。

ハンドガンで撃っても簡単に避けられ、当たりそうにない。瞬きの間に詰め寄ってきたウェスカーの拳を避ける。ひゅ、と空を切る音が耳元で聞こえて、背筋が冷えた。素早く距離を取り、体勢を整えようとするもウェスカーが銃を構えているのに気付く。反射的に横転して何とか銃撃をかわした。

「……クソッ!」

「無様だな、クリス?」

悪態をつくクリスにウェスカーはにやりと嗤う。人を小馬鹿にした不快な笑みだ。挑発されても激昂はせず、ぐっと怒りを堪えた。乗ったらウェスカーの思う壺だし、何よりナツキの事が心配だ。胸元は赤く血で染まり、ぴくりとも動かない。微かに上下する胸がナツキが生きていると知らせているが、それもいつまで持つか。

「そんなにアレが心配か?」

「当たり前だ!」

「安心しろ。あのくらいでは死なん。そういう風に設計した」

アレだの、設計だのいちいち言い方が癪に障る。だが、その言葉でほんの少しだけ安堵したのは確かだった。

「そんなことより己の心配をしたらどうだ」

「──っ!」

目の前に突き出された拳を、間一髪腕を盾にして防いだが、ごりと嫌な音がして前腕に鈍い痛みが走る。ナツキの攻撃よりも段違いに強い衝撃でクリスは突き飛ばされた。背中から柱に叩きつけられ、呻き声が喉から漏れる。膝から崩れ落ちそうになって、気力を振り絞り堪えた。

「折角相手をしてやっているというのに何だそのザマは?」

ウェスカーの嘲笑う声を無視して、クリスはじんじんと痺れる腕に救急スプレーを振り掛けて応急処置をする。気休めにしかならないが多少痛みは引いた。

──さぁ、どうするか。

使いきったスプレー缶を投げ捨てて、クリスは再びウェスカーと向き合う。銃を突き付けられようがウェスカーは意に介した様子もなく、サングラスのブリッジを指先で押し上げていた。完全に弄ばれて──とるに足らない羽虫だと見下されている。
実際問題、ウェスカーに勝てる気がしなかった。ロックフォート島の時だって手も足も出せず、運良く見逃されたようなものだ。あれからクリスも鍛えたとはいえ、人外には及ばない。苦虫を噛み潰してクリスは引き金を引いた。

「無駄だ」

やはり避けられた。銃も近接も効かないなら残す手段は手榴弾か。いや、どうせ避けられる。何なら爆発する前に此方に投げ返される危険さえある。

(クソ……どうすれば……!)

結局あの時と変わらぬ戦況。クリスは何一つ成長出来ていなかった。
どうにか状況を打開できないかと目をぐるぐる動かして周囲を探る。ダメだ。あの時とは違って何もない。そうこうしているうちに、ウェスカーがデバイスを取り出した。淡く光る画面を見て口端を上げる。

「──あぁ、丁度七分だ」

情けない事に宿敵との戦闘はタイムアップで幕をとじた。
ウェスカーは目にも止まらぬ速さで立ち尽くすクリスの横を駆け抜け、倒れていたナツキを小脇に抱えると二階へと移動した。だらりと垂れ下がったナツキの指先から血が伝う。地面に落ちる赤い斑に息が詰まった。死なないと分かっていても耐えがたいものがある。

「少しはヤルようになったと思ったが……所詮はこんなものか」

期待外れとでもいうようにウェスカーは頭を振り、小さく息を吐き出した。銃を突き付けるクリスには全く気にも掛けず、黒いズボンのポケットからデバイスを取り出し応答する。

「俺だ」

エクセラか、或いはクリスの知らない第三者か。通話相手が誰かは想像さえ出来ないが、録な奴ではないことは確かだ。ウェスカー以外にもウィルスを利用する人間は大勢いるのだろう。

「待て!」

そのままどこかへと立ち去ろうとするウェスカーを追いかけて、階段を三段飛ばしで駆け上がった。

「動くな、ウェスカー!ナツキをどうするつもりだ!」

ジルの相手をしていたシェバもこちらの異変に気づいて駆けつけ、クリスの横に並んだ。此方に視線を向けることなく、ウェスカーは無言のままデバイスを下ろす。無言の重圧。ぴりぴりとした空気がクリスの皮膚を刺した。

タンッ──地面を蹴る音が鼓膜を叩く。ジルの鋭い体術がシェバに襲いかかった。視界外から繰り出されたそれにシェバは蹴り飛ばされ、壁に打ち付けられる。

シェバ──!

叫ぼうとした言葉は声になるよりも前に身体に与えられた衝撃によって消し飛んだ。手元を足で払われて、弾かれた銃が地面を滑る。反撃をする隙も与えられないまま身体を押し倒された。腕を捻りあげられ、首筋に膝を押し付けられる。

「ぐっ……!?ジル!!目を覚ませ!!クリスだ!よく見ろ!」

必死に声をかけ、拘束を振りほどこうともがくが、力強いそれは剥がれそうにない。かつての相棒に為す術もないクリスの視界に黒いブーツの爪先が映る。

「無様だな、クリス。大切な相棒に邪魔をされて、俺に手を触れる事さえできん」

ざらついた地面に顔を押し付けられ身動きひとつ取れないクリスを見下し、ウェスカーは顔に愉悦を孕ませた。

「目を覚ましてくれ!しっかりしろ!ジル・バレンタイン!」

どうすることも出来ず、ただただがむしゃらに叫んだ。その瞬間、不意に拘束が緩む。ジルの瞳に微かに光が宿り、唇が震えた。

「……クリス、」

弱々しく発されたのは自身の名前だった。願いが通じたのかと喜んだのもつかの間で、ジルは頭を抱えて苦しみ始める。

「この状態でまだ抵抗する力があるとはな……」

僅かながらにジルが意識を取り戻したのはウェスカーにとっても予想外だったらしい。ほんの少し驚いた様子で呟いた。

「……だが、それもただの徒労だ」

ウェスカーがデバイスを操作すると呻いていたジルががくりと項垂れた。ああくそ。折角意識を取り戻そうとしていたのに、また操られてしまったのだろう。

「遊びはここまでだ、クリス。俺は忙しい。せいぜいジルと楽しむがいい」

「待て!ウェスカー!!ナツキを──」

追蹤しようとしたがエレベーターの扉に阻まれた。閉じていく扉の隙間からウェスカーのしたり顔が見えて、クリスは扉を殴り付けて舌打ちをする。地面に残された血痕と、背後から聞こえるジルの苦しむ声がクリスの無力さを表しているような気がして。

強く握りしめた手はあの時と同じで何も掴めないような、そんな空虚な感覚がした。




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