- ナノ -



ポットが並べられた円形のフロアに再び辿り着いた。U-8が出てきた所とはまた別の実験体保管庫のようだ。ここにも多くの被害者がいるのを見て胸が痛くなった。

エレベーターを起動させて上階へと向かう。途中マジニによる襲撃もあったが、俺達の敵ではなかった。

エレベーターを降りて進んだ先は最新式の実験施設とは一変して、土が剥き出しの遺跡だった。とはいえ一部は人の手が加えられ、壁に沿うように簡易の足場やプレハブ小屋が設置されている。電気もしっかり通っているようで配線が天井を伝い、照明がこうこうと辺りを照らしていた。

「また遺跡だわ。エクセラはここに……?」

「先へ進むにはこの橋を降ろすしか無さそうだな」

マジニの気配はないが扉の前には底の見えない深い穴があり、クリスの言う通り橋を降ろさねば向こうには行けなさそうだ。

「何処かにスイッチとかあるのかな?」

「小屋の中にレバーがある。恐らくあれが橋を降ろすやつだろう」

小屋に取り付けられた格子窓を覗きながらクリスが言う。すぐに中に入ろうとドアノブを捻ったが、鍵が掛かっているらしく開かない。

「どう?」

「ダメみたい」

首を振り、ナツキはため息混じりに答えた。そう簡単には先には進ませてくれないらしい。

「上から行くしか無さそうだな」

クリスが指差したのは簡易式のエレベーターだ。上に取り付けられた足場は空間をぐるっと半周して小屋の上まで続いている。だが、その途中に重そうなコンテナが道を塞いでいるのが見えた。

シェバに行かせるのは酷だけど、ナツキ一人であのコンテナを押すのも無理だ。というわけで、クリスとナツキの二人が向かうことになった。

クリスと二人でエレベーターに乗り込み、組まれた簡易足場を進む。

「待て、何か聞こえる」

手で制されて立ち止まる。金網を伝ってひたひたと不気味な足音が鼓膜を打った──リッカーβだ。それも二体。通路の真ん中で気配を探るかのように首をきょろきょろと動かしている。

俺が先行してショットガンを撃つ。援護は頼む──ナツキに目配せしながら、クリスが音を発さずに言う。小さく頷いてハンドガンを握りしめた。下にいるシェバも此方の意図を察してライフルを構える。

ダァン──

出来る限り近付いて、クリスがショットガンを放った。二体もろとも吹き飛ばし金網に叩きつけたが、それくらいではリッカーβは死なない事は予想済みだ。

「これでも喰らえ!」

ひっくり返って丸見えになった心臓部分に向けてありったけを叩き込む。マガジンが空になったタイミングでクリスと入れ換わった。素早くマガジンを入れ換えて、クリスの後ろからリッカーβを狙う。シェバもしっかり援護してくれているようで、離れたところからライフルの音も聞こえた。

連続して銃声が響き、リッカーβに攻撃の隙を与えることなく駆逐した。

「ナツキ、急ぐぞ。またあいつらが来たら厄介だ」

「うん。わかった」

弾の補充もそこそこに二人は急ぎ足で通路を駆ける。コンテナの目前で銃声が響いた。ハッとして振り返ると大穴からリッカーβがぞろぞろと湧いている。

「クリス!ナツキ!また奴らよ!私も出来る限り撃ち落とすけれど数が多すぎるわ!」

「不味いな……」

クリスが苦い顔をした。撃ち落とせなかったリッカーβがひたひたと此方に迫ってきていた。袋小路のようになっているここで追い詰められたら危険だ。とにかく今はコンテナを押して通路を開通させる事に注力する他ない。

「ナツキ!押すぞ!」

「うん!……せーのっ!」

背後が怖いが息を合わせてコンテナを力一杯押した。一応コンテナは動いた。だが、見た目通りの重さで動きは鈍い。そうこうしている間にも背後にリッカーβが迫っているのを想像すると緊張と焦燥で手にうまく力が入らない。
汗ばむ手の平で錆び付いてざらつくコンテナをもう一度押す。クリスに比べたらナツキの力なんて微々たる物だろうが、それでも無いよりはマシ……な筈だ。多分。

「危ないわっ!」

シェバの声にナツキは誰よりも早く反応し、振り向き様に銃を撃った。運良くそれはリッカーβの舌先に当たり、怯ませる事に成功する。

「幾らなんでも……多すぎでしょ……」

一体を怯ませてもその後ろに続くリッカーβの大群にナツキは絶句した。シェバがある程度、数を減らしてのこれだ。こんな状況でなければ、尻尾を巻いて逃げ出している。唾を飲み込み、震えそうになる手を抑えるように銃のグリップを握りしめた。

「ナツキ、俺も加勢──」

「ううん。クリスはそのまま押してて」

加勢に入ろうとするクリスを遮り、ナツキはリッカーβの前に立ちはだかる。これでいい。ナツキがコンテナを押すよりクリスが押した方がよっぽど効率的だ。

(大丈夫、落ち着け、俺……)

恐怖を圧し殺して、ナツキは深呼吸をした。真っ直ぐにリッカーβを見据える。ハンドガンだけでどこまでやれるかなんて予想もつかない。最悪、マグナムを使おう。腕が壊れるくらい、命に比べれば安いものだ。

タァンタァン──

銃弾を身体で受け止めてもなお足を止めず、近付いてくるリッカーβに苦い顔をしてマグナムに手を伸ばす。

「──ナツキ、これを使え」

「それ……」

「使い方は分かるだろう?」

後ろ手に手渡された物は手榴弾だった。二人が使っているのは見ているが自分では使ったことがない。だけど、躊躇している余裕もなく、見様見真似でピンを引き抜いて手榴弾を投げつけた。

「ってい!!」

場の緊張感に似合わぬ間抜けな掛け声だったが、しっかりとリッカーβの団塊の中央に落ちる。一番前にいるリッカーβが攻撃の姿勢を取ったのが見えて身構えた。と、同時にずどん、と激しい爆発が起こり、リッカーβを蹴散らした。

手榴弾の威力は確かだったが、その範囲は狭い。爆心にいた奴らは倒せたみたいだが、白煙の向こうにまだ蠢く影があった。

ヒュッ──

空を切る音。微かな音を聞き逃さず、向かってくる舌先を銃で撃ち抜いた。喜んだのもつかの間で、その後ろから新たなリッカーβが飛びかかってくる。

「──っ!」

「ナツキ!下がれ!」

銃口が肩越しに飛び出して、火を吹いた。爪がナツキに届く直前で目の前から消し飛ぶ。

「先に下に行って、レバーを下ろせ!」

「わ、わかった!」

銃声にかき消されぬよう怒鳴るようにクリスが言う。コンテナはすでに押しきられ、プレハブ小屋の屋根に続く通路は開いていた。急いで梯子を降り、プレハブ小屋にある橋の昇降レバーを引く。鈍い音を立てて跳ね橋が降りるのが格子窓から見えた。

「急げ!奴等が来るぞ!」

梯子も使わずに降りてきたクリスが扉を蹴破る勢いで開ける。天井の穴からリッカーβが顔を覗かせていて、ナツキはぎょっとしてクリスと共にプレハブ小屋から飛び出した。

外で待機していたシェバと合流し、橋が下がりきる前に強引に通過する。そしてそのまま奥の扉の中へと駆け込んだ。

prev mokuji next