- ナノ -


男は大量の触手に包まれ、天井まで届きそうな巨大な触手の塊へと変化した。意志はあるのかは分からないが、俺達を狙って這い寄ってくる。

『警告。バイオハザード発生。焼却処理を実行してください』

感情のない女性のアナウンスが響く。"焼却処理"をしろと言われても、ライターさえ持っていない。ライターごときであれが燃やせるとは思えないが。

「焼却処理ったって、どうやって燃やせってのぉおおおお!!?」

触手に近づかないように、広い空間を走り回って叫んでいたら"ポーン"と何処からともなく音が鳴った。

『焼却剤充填完了。使用が可能です』

そんな次いでアナウンスが聞こえ、奥に設置されていた機材のランプが赤から緑へと変化する。

「これで燃やせばいいのか!」

一番近くにいたクリスが駆け寄り、火炎放射器を掴みボンベを背負い触手の化け物──ウロボロスに立ち向かう。ナツキとシェバも反対側からウロボロスを挟むように駆け寄った。

クリスが火炎放射器を放射し、シェバが焼夷手榴弾を投げつける。二つの炎が合わさり激しく燃え上がった。苦しそうに触手をのたうたせてウロボロスは赤い球状の弱点を露出させた。すかさずそこへ攻撃を叩き込む。

「もう少しで燃料が無くなる!気を付けろ!!」

「らじゃ!」

火炎放射器の燃料が無くなる直前で俺達は一旦ウロボロスから距離をとり、クリスは燃料を補充するために火炎放射器を充填器に戻した。ランプが赤になり、再充填には暫く時間が掛かりそうだ。それを横目で確認してナツキは部屋の隅に逃げる。

「ナツキ!前だ!!」

「へ?……ぶふぇっ」

クリスの注意虚しく、逃げた先に現れたウロボロスにナツキは顔から突っ込んだ。触手がぬるぬるとまとわりついて、襟元から服の中に入ってくる。何故だかダメージはないが、精神的ダメージは絶大だ。

「いやぁああああああ!!キモチワルイィイイイ!!」

大暴れしてウロボロスから逃げて、くっついてきた触手を振り払った。ごしごしと袖で顔にこびりついた粘液を拭いとる。それでもまだ触手のぬるつく感触が残っていて最悪だ。今すぐにシャワーを浴びたい。それが無理ならせめて顔だけでも洗わせてほしい。

吐きそうな気持ち悪さに顔をしかめた。

「こういう時にぼーっとしないで!!」

「えっ──ぁ痛ぁ!!?」

その言葉が耳に入ったときにはナツキの身体は傾いていた。ごつんと後頭部を打ち付けるナツキの上を長く伸びた触手が通過する。

うん。シェバさん。助けてくれたのはいいんだけども。もうちょっとこう、優しく助けてほしかった。

後頭部がじんじんと痛む。

「あら、じゃあ死んでも良かったの?」

「すいませんよくないです助けてくださってありがとうございます」

にっこり笑顔からもう二度と助けねぇぞという圧を感じて、ナツキは即座に謝罪した。





あれから、火炎放射器で弱点を突き、ウロボロスを撃退した。焼け焦げて触手を失い、元の人の姿に戻った男にナツキは目を伏せる。この人もまた、犠牲者だ。エクセラやウェスカーに利用されたにすぎない。

奥にあった青い扉が音もなくスライドした。ウロボロスが消滅して、扉のロックが解除されたようだ。

「進化や資格って……一体何をしようとしているのかしら?」

「進化を遂げさせる"賢者の石"。真に優れた遺伝子を選別……偉そうな事を言っているが、やっていることはテロリスト以下だ」

「うん。こんなこと絶対に許されない」

人が人を選別するなんて、そんなのまるで神の真似事だ。あってはいけない。

「どんな形にせよ、ウロボロスによる汚染が広がれば大変な事になる」

「そうね。急いで止めなくちゃ」

施設に見合う大きな換気ファンが回る部屋を右手に通り抜ける。梯子を登り、先へと進んだ。その途中、エクセラがいた監視室にも入ったが、大した手掛かりは残されてはいなかった。

工場施設のキャットウォークに出た瞬間、銃撃が俺達に襲いかかった。反射的に取り付けられた鉄製の壁に身を潜めて攻撃を凌ぐ。銃撃が止まるタイミングを見計らってから、クリスがライフルでマジニを狙撃した。

「よし。クリア」

進行方向の壁に楕円形の塊がくっついて白濁した液体を垂らしている。あれには既視感がある。ついでに嫌な記憶も。
壁伝いに取り付けられたキャットウォークは一本道だ。回り道することもできない。三人は目配せして一度立ち止まった。

「ナツキ、頼んだわ」

「え?」

「援護はする」

「は?」

「よろしくな」
「よろしくね」

そして一方的な会話を投げられてぽん、と肩を叩かれた。いやいやいやいや、おかしいな?何で?──とか思っている間にシェバに背中を押されて一番前に飛びだす。

納得はいかないが、しぶしぶナツキはリーパーの卵に近づいた 。幾ら足を忍ばせようとも軋む音は抑えきれず、靴底できぃきぃと響く。今のところ卵に変化はない。

案外大丈夫そうだ、なんて思ってた頃が俺にもありました──。

「っですよね!!」

丁度卵の横を通り過ぎるか過ぎないかの辺りで卵が弾けて、中からリーパーがぬるりと顔を出す。産まれたばかりだというのにしっかりと細い両足で立ち、ナツキを喰らおうと鋸状の前足を広げてきた。
予想していた分、今度は腰を抜かす事もなく、回れ右をして脱兎のごとく二人の元へと逃げる。走りながら、狙いもそこそこに肩越しに銃を撃つ。大したダメージにはならないだろうが、ちょっとでもリーパーとの距離は取った方がいい。

正面からクリスとシェバが掩護射撃をしてくれてはいるが、一直線の細い通路でナツキを避けながらのため弱点を狙えないらしい。

「ナツキもう少し右に寄ってくれ!」

「いや、むりむりむりむ──」

とにかく逃げることに必死で思考停止のまま首を横に振る。そんな中シェバがマシンガンの銃口をこちらに向けていた。あ、これはヤバい。

「のぁあああああああ!!!」

「あらごめんなさい手が滑ったわ」

カンマ一秒。マシンガンが火を吹く一歩前でナツキはなけなしの反射神経をフルに使って壁際に張り付いた。ズダダダ、と遠慮のない発砲に顔が引きつる。壁とチューした事はこの際置いておく。生命の危機だ。

背中を掠める弾丸に震えながら、ナツキは壁と同化した。俺は壁。俺は壁……いやなんで?

一頻り銃声が響いて、敵の気配がなくなった所でようやっと壁から離れられた。振り返るとすぐそばにリーパーの死骸が転がっていてナツキは肩を揺らす。倒したのはついさっきなのにすでに蝿が集っていた。その気色悪さにドン引きしながら、死骸を跨いだ。

リーパーを倒し、キャットウォークを道なりに進む。リフトがあったがここのスイッチも電気が通っていないらしくレバーを引いてもうんともすんともいわない。

「電気が来てないな」

「じゃああそこの扉かな?行ってないし」

キャットウォークの脇にひとつ、扉があったが地形的に行き止まりだったからスルーしていた。あるとしたらそこくらいしか思い付かない。

「よし、じゃあ行こう」

クリスに続いてナツキも扉に向かった。



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