- ナノ -


リッカーβから命からがら逃げ出して、新たな場所に辿り着いた。今までとは様相が変わり、工場のようなベルトコンベアがあちこちに取り付けられている。身の丈程のコンテナがコンベアで流れていく。

梯子をスルーして飛び降りていく二人。目分量で五メートルはあるのに、足腰強すぎやしませんか。置いていかれては堪らないのでナツキも急いで梯子を降りた。

「遅いわよ」

多少はもたもたしたが、それなりに早かったのにシェバから手厳しい言葉を貰い、ナツキは肩を竦める。二人の真似をしていたらこっちの身が持たないんだもん。我が儘言って着いていってるのはナツキだが、ちょっとくらいは許してほしい。

コンテナや木箱が積まれた通路を三人並んで進む。今のところマジニの気配はしない。

──カツッ

頭上から何かが落ちてきてナツキの目の前で跳ねた。青い筒のような──

「うわっ!?」

それが閃光手榴弾だと気付いたときには遅かった。目を庇う間もなく、強烈な光がナツキの視界を真っ白に染め上げる。

目がぁあああ!!!とどこぞのアニメ映画の悪役の真似をしながら、ナツキは二人を探そうと手をさ迷わせた。

「ナツキ!そっちは──!」

機械の駆動音に混ざり、クリスの声は上手く聞き取れなかった。それに視界不良。伸ばした指先が生暖かい何かに触れる。人肌のそれに二人のどちらかだと安堵しかけて、違和感に気づく。

(二人の声、後ろから聞こえるような……?)

徐々に回復してきた視界で自分が触っている人間を確認する。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………ひ」

クリスでも、シェバでもなく、マジニとこんにちは。右手にはバチバチと青白く火花を放つスタンロッドが握られていて、今にも振りかぶられそう。わぁ、怖い。

「ひぇあっ!!?」

勢いよく薙がれたスタンロッドを屈んで避けた。逃げ遅れた髪の毛が数本、尊い犠牲となった。そんな細やかな犠牲を惜しむ時間はそう長くなかった。マジニが追撃を繰り出そうとスタンロッドを振り上げていたからだ。

あぁ、ヤバいぞ。ナツキは二人ほど俊敏な動きは出来ない。銃を撃つという手段も頭から転げ落ち、とにかく逃げようと一歩後ろに足を動かした。

タァン──

銃声が聞こえた。それはナツキの耳元を掠めて、マジニの眉間を捉える。熱を持つ耳を押さえてナツキが振り返るとシェバがにっこりと笑った。

「シェバさぁあああん!?今俺の耳、後一歩間違えたらお陀仏するところだったんですけどぉおお!!?」

「煩いわね。助けてあげたんだから感謝しなさいよ」

全力で抗議するナツキに鋭い睨みを利かせ、圧のある声色でシェバが返す。笑顔が恐ろしく怖い。心なしかこの辺り一帯の空気が冷えた気がしないでもない。

「おい、行くぞ?さっきから二人で何をやってるんだ」

何も知らないクリスが不思議そうな顔をして此方を見る。クリスはそのままのクリスでいて、と心の中で呟いた筈なのに、シェバがめちゃくちゃ睨んできた。怖い。

そんなことはさて置いて。ベルトコンベアを逆走する。そこにマジニの襲撃だ。
ベルトコンベアの動きに逆らっている上、流れてくるのはコンテナだけでなくガスボンベもあり、こちらは思うように攻撃が出来ない。うっかりボンベに当てようものならもろとも巻き込まれる可能性がある。
動く足場のせいで、銃弾は目標とは大幅に逸れて手すりを抉った。

「あぁ、もう……難しいな……」

「あら、こんなのこれで一発じゃない」

「ちょっ──」

苦戦するナツキの隣でシェバが徐に手榴弾を取り出した。止める間もなくシェバはピンを引き抜いて敵に向かって投げつける。

「う、うわぁ……」

手榴弾の爆発でガスボンベに引火し更に大きな爆発を起こす。連鎖する爆発で激しく足元が揺れ、爆風が全身に吹き付けた。

当然こんな大爆発に巻き込まれて敵が生きている訳もなく、なんならいた形跡すら見当たらず、ベルトコンベアの上は綺麗になっていた。あまりの出来事にクリスは顔をひきつらせてやっとの思いで「行くか……」とだけ口にした。





ナツキ達は変わらず工場施設を進んでいた。ベルトコンベアを伝い、先に進んでいたがこの辺りのベルトコンベアは電気が通っていないらしく、レバーを動かしても停止したままだ。途中にあるコンテナのせいで先に進むこともできない。どうにか動かす必要があった。

そもそもなんで施設の奥に行くのにベルトコンベアを経由しなければならない構造なのかは突っ込んではいけないのだろうか。

仕方なく、ナツキ達は左手にあった階段を上った。手すりのついた細い通路を通る。その途中に得たいの知れない楕円形をした茶色い何かが壁や地面、至るところに張り付いていた。ねばついた白い液体がその何かから垂れ下がり、地面にこぼれ落ちている。
気味が悪かったが特に動きだす様子もない。三人は少しだけ歩調を早めて、その横を通りすぎた。

「ミサイル!?一体何に使うつもりだ!?」

角を曲がった先に大きなミサイルが規則正しく並べられているのが見えた。穏やかではないそれらにクリスとシェバは顔を険しくする。

「戦争でもするつもりかしら……」

戦争か或いは世界の滅亡か。どちらにせよ録な事ではないだろう。これらが使われないように頑張らなければ、俺に出来ることは少ないかもしれないけれども。ナツキは改めて気持ちを引き締めた。

ベルトコンベアのブレーカーを入れて、来た道を戻る。一度通った通路なのに、どうしてこうも嫌な予感がするのか。全てはこの茶色の物体のせいだろうけど。

曲がり角に差し掛かった時、キィ、と頭上から不可解な音が聞こえた。顔を上げると黒い眼と目があった。

「ひぎゃああぁああああ!!?」

天井にくっついていたカマドウマとコオロギを足したような昆虫はナツキの目の前に降り立ち、トゲのついた腕を広げて迫ってくる。突然のヤバい奴との遭遇に腰を抜かしてしまって立ち上がれない。

足腰は役に立たない。座ったまま後退して距離を取ろうとするが昆虫──リーパーは着実に距離を詰めてくる。

ダァン──

銃弾がナツキの頭頂部を掠めて僅かに髪の毛を犠牲にしながら、リーパーの顔を撃ち飛ばした。この撃ち方は確認しなくても分かる。シェバだ。
顔を失ったリーパーが方向感覚を失い、明後日の方向にふらふらとさ迷っている間に、ナツキはわたわたと立ち上がってその場から離れた。

「た、助かった……」

「感謝しなさいよ?」

「い、いえすまむ……」

敵の懐からは逃げ出したが、まだリーパーは生きている。安心はできない。

見れば見るほどに気味の悪い生き物だ。目を向けるとちょうどぐちぐちと嫌な音を出しながら、顔面を再生しているところだった。

「うわっ……きもちわる……」

今までのB.O.W.と同じくどこかしらに弱点がある筈だ。例えば赤色だとか、色の違う部分が──。と思ったが、奴身体にそれらしき箇所は見当たらない。

「本当になんなのよ!こいつ!」

心底嫌そうにシェバが吐き捨てる。何度手足や顔を吹っ飛ばしても、再生して迫ってくるのは恐怖だ。

距離をとりつつ攻撃を繰り返していると、リーパーの腹部から白いワタが飛び出した。迷いなくワタを撃ち抜く。怯んだようにリーパーがたたらを踏み、今度は背中から弱点を露出させた。

「よし、俺に任せろ!」

クリスがショットガンで弱点もろともリーパーを吹き飛ばす。高火力の武器で弱点を撃ち抜かれたリーパーはガスを噴出させながら絶命した。



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