- ナノ -



「彼女が通していた場所……この施設の中みたいだったわ」

「監視されているのか」

涙が引っ込むのを待ってから、俺達は先に進み始めた。俺のせいで結構な時間を浪費してしまって、ものすごく申し訳なく思ったが二人は決して責めてこなかった。その優しさにまた涙が溢れそうになったのは秘密だ。

言葉を交わしながら、通路を歩く。

「さっきのB.O.W.もあの女の差し金かもしれんな」

行く先々に現れていたマジニや巨大なB.O.W.。今までの襲撃の数々を考えれば監視されているのは間違いない。そしてこの先にも敵が配置されているのは予想できた。

「捕まえて聞き出すしかないわね。ジルのことも、B.O.W.のことも」

「だね」

重たく軋む扉を押し開けた。

剥き出しの太いパイプが通路の半分を占めている。その隙間から窓から射し込む夕日のオレンジ色が無機質な通路を彩っていた。二人と出会ってからもう随分と時間が経ったのを実感する。あそこで出会ったのはほんの少し前のような気がするのに。

感傷に浸りつつ、視線を前へと向けた。武装したマジニが三人──手にはアサルトライフル。

「あいつら、武器を持っているわね……」

置かれていた木箱の陰に隠れて、様子を伺う。幸い気配を察知する能力は低いのかナツキ達に気づく様子はない。声を潜めて作戦会議をする。

「よし。俺がライフルで先制射撃をする。サポートは頼んだ」

「らじゃ」

クリスがライフルを肩から下ろし、構えてスコープを覗く。間髪を入れずにズドン、とライフルが火を吹いて、マジニの頭を吹き飛ばした。

「流石、クリス」

俺達の襲撃に気付いたマジニが臨戦態勢に移ろうとするが、それよりも前にナツキが続けてハンドガンでクリティカルショットした。

「ナツキこそ」

クリスに誉められて小さくガッツポーズする。もしかしたらBSAAに入れるかも──

「臆病なのをどうにかしないと入れないわよ」

「それはどうにかなる……って俺、今口に出してた?」

心の中で呟いた筈だったんだけど。
俺の質問には答えずに、シェバは意味深ににっこりと笑っただけだった。なんだろう。シェバが怖い。

「何やってるんだ?早く行くぞ」

何も知らないクリスはきょとんとした顔している。俺は顔をひきつらせながら、こくこくと頷いた。

この施設に来てから、敵の武器が強力な物に変わった。さっきのアサルトライフルの他、スタンロッド、手榴弾。防弾チョッキにヘルメットと防具も充実して此方の攻撃がかなり通りにくかった。

遠くの敵をクリスがライフルで倒して、その取り零しを俺が。そしてシェバが手榴弾で一掃する。設置されていたガスボンベはありがたく使わせてもらった。
……手榴弾とガスボンベの大爆発に巻き込まれかけた時は死ぬかと思ったけど。あの時のシェバの顔は夢に出そうなほど、怖かった。

エレベーターに乗り、ボタンを押す。ぼうっとしていたら、微かな音がエレベーターの駆動音に混ざった。よくよく聞くとどうやらそれは通信機から漏れているらしい。

『……ロス……の運搬は……了したわ……』

ノイズ混じりで聞きづらかったが、その声には聞き覚えがあった。あの女──エクセラだ。三人は顔を見合わせて、耳をそばだてた。

『ええ……もうすぐ予備の薬も準備できるわ』

話の内容は解らないが、通信機の無線が届く範囲にはいるのだろう。

『後……アルバート…………楽し……』

「アルバートだと!?」

途切れ途切れだったが"アルバート"と聞こえた。ナツキは知らない名前だったが、クリスだけは知っていたのか驚いたように声をあげる。

『ねぇ……体の……?』

それを最後に通信は途切れてしまった。もう少し探りたかったが、偶発的に繋がっていただけだったためそれ以上はどうすることもできない。

「クソッ!まさかウェスカー……」

クリスの呟きを聞いて、ようやっとアルバートさんが誰か合点がいく。確か、ジルさんと一緒に崖から落ちて死んだと思われていた人だ。ここで名前が出たのも偶然ではないのだろう。

──ウェスカーは生きている。

新たな事実が発覚したところで、エレベーターが到着の合図を鳴らした。





血塗れの廊下に出くわして俺達は身構える。この血の飛び散り方にデジャブ。恐る恐る音を立てないように忍び足で角を覗いた。

「ひぇっ……」

叫びそうになって、慌てて自分で口を押さえる。かなりの数のリッカーβが細い通路に張り付いていた。目配せしてジェスチャーで会話する。

──どうする?

──相手するより、走り抜けるぞ。

こく、と頷いて、クリスのカウントを待つ。深呼吸をして息を整えて、ゴーの合図で一斉に走り出す。
足音に反応してリッカーβが攻撃を繰り出してくるが、全力疾走している俺達には当たらない。背後で爪先が壁を抉る鋭い音が聞こえた。振り返りたい衝動に駆られるが、そんなことをした瞬間に切り裂かれることは考えなくともわかる。

歯を食い縛り、ただ脚を動かすことに集中した。扉のある突き当たりまで後少し。ラストスパートを掛けて四肢に力を込めた。

「うぉおおおお!!!っぶへぇっ!?」

「ナツキ!?」

横からダクトの蓋がぶっ飛んできて、顔面にクリティカルヒットした。頬っぺたを横からぶん殴られるような衝撃が走り、バランスを崩して顔面からずっこける。

痛い、と思う間もなく、生暖かい何かが背中にのし掛かってきて、全身から脂汗が噴き出した。俺の上でリッカーβが片腕をもたげている。数秒後には首と身体がおさらばしている想像が脳裏に浮かぶ。今度こそ死──

「この野郎!!」

「って、それは危な……」

死ぬ。と思っていたら目の前でクリスがショットガンを構えていた。散弾が目の前で弾けて、リッカーβを撃ち飛ばす。

うん。クリス。助けてくれるのはいいけど、散弾が俺の頭を掠めていたんだけど?数センチ右にずれてたら当たってたんだけど??死因が銃殺か斬殺かの違いだけになるところだったんだけど???

たっぷりと文句を言いたいところだったが、ぐっと堪えてナツキはゴールに辿り着くべく再び駆け出した。




prev mokuji next