- ナノ -



U-8がいなくなると同時にエレベーターのエラーは解除され、再び下降を始めた。不具合を起こしていた原因は奴だった訳だ。あんなのがいたらそりゃあエラーにもなる。逆に止まらない方がとんでもないことになりそうだ。

そんなことはさておいて。
エレベーターの下降が止まり、正面に並ぶポットの一つがナツキ達の目の前まで動く。この中にジルさんがいる。ナツキからしたら何の接点もない赤の他人だけれども。やっと探し人を見つけれたんだと思うと、クリス以上にドキドキした。

がこん──少しの蒸気を出しながら、ポットの蓋が開いた。

「くそっ!」

しかし、そこにジルさんはいなかった。悔しそうにクリスが悪態をつく。もうすでに何処かに移動させられたのか、或いは──嫌な想像をして俺は頭を振った。

『クリス・レッドフィールド』

落ち込む俺達を嘲笑うようにコンピュータから声が聞こえた。振り返ると液晶画面に女が映し出されている。髪を頭頂部で纏めたシニヨンヘアに、谷間が露出した白いドレスを纏っていてたいへんエロ……いや、何も言うまい。
リアルタイムの通信らしく、女はしっかりとこちらを見つめ返してきた。

『お会いできて光栄だわ』

にやりと口元を歪める。ちっとも光栄、なんて思っていない顔付きだ。

「誰だお前は!」

「エクセラ・ギオネ。トライセル・アフリカの代表よ」

女──エクセラが答えるよりも先に、シェバが言った。そういえば遺跡に行く途中でそんな話をしていたが、顔を見て確信したみたいだ。

『あら、よく知っているわね』

愉快そうにエクセラは鼻で笑う。画面に詰めよりシェバは「製薬連盟幹部の貴女がどうして」と投げ掛ける。

『聞き分けの無い人に教えると思う?とっくに撤退命令が出てるはずでしょ?』

エクセラは腰に手を当てて嘲笑う。
撤退命令のことを知っているってことは、此方の情報は全部向こうに筒抜けらしい。

「やっぱり、貴女達が……」

嫌な女だ。どれだけ着飾っていても、中身がこれじゃあ綺麗には見えない。眉間にシワを寄せて、画面の向こうのエクセラを睨み付けた。

「ジルをどうした!?」

『ジル?知っていても教えると思う?』

「嫌でも喋ってもらう!!」

クリスが手元のコンソールを乱暴に殴り付けて唸る。だが、画面の向こうのエクセラには何の脅しにもなりやしない。ふふんと愉しそうに口元を歪めて、シェバ、クリスと視線をなぞり、最後に俺で止まった。

『ところで、どうして貴方はそこにいるのかしら?』

「え?」

投げ掛けられた質問は俺に向けられた物で。俺は戸惑いを隠せないままエクセラを見つめ返す。

『勝手に逃げ出して、BSAAなんかと一緒にいるなんて……いけない子ね?』

「何言って……?」

まるでナツキがこちら側にいるのが悪いかのような言い回し。プロジェクト"N"の事が頭を過った。

『まだ解らない?学習能力が低いわね。あれを見たなら解るでしょ?』

「違う……そんな訳ない。日本で暮らしてた記憶だって……学校に行ってた記憶だってある……!」

『全く……勝手に逃げ出して、勝手に記憶まで作って……馬鹿みたいね』

鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けて視界が揺れる。がんがんと頭が痛む。平衡感覚が麻痺して、立っていることもできず膝をついた。呼吸もままならなくて、震える指先で顔を押さえる。

『まあいいわ。いい加減ヒーローごっこは終わりにして帰りなさい!こんなところで死んでもつまらないわよ』

言いたいことだけ言って通信は切れた。
けれど俺にはそれを気にしている余裕なんてなかった。ぐるぐるぐるぐる、ネガティブな感情が頭の中を行ったり来たりを繰り返す。

あの資料に書かれてた事が本当だったなら、俺はウロボロスウィルスに適合した正真正銘の"化け物"じゃないか。

「ちが……ちがう……」

嘘だ。そんな訳ない。否定をしても頭の中の誰かが囁く。"お前は化け物だ"と"資料が真実だ"と嗤う。

記憶さえ否定されてしまったら、俺はいったい何を信じればいい?わからない。

「──ナツキ!!」

「げふっ!?」

右頬に強い衝撃が走り、ナツキは思考の海から強制帰還させられる。あまりの衝撃に意識まで飛びそうにって、ナツキは目を白黒させながら頬を押さえた。

「いってぇ……ってクリス?シェバ?」

何が起こったのかわからないまま顔を上げると二人が心配そうに俺を見つめていた。

「良かった、元に戻ったわね?ナツキったらあんな女狐に惑わされちゃダメでしょ!」

「何があってもナツキはナツキだ。そうだろう?」

二人の言葉に涙が溢れ落ちる。嗚咽を漏らす俺をクリスが抱き寄せた。

「何があっても俺がいる。ナツキがどんな真実を抱えていたって俺はお前を裏切ったりなんかしないさ」

「うん……ありがと……」

とんとんとあやすように背中を撫でられて、ナツキは子供のように泣きじゃくった。クリスはナツキが泣き止むまでずっと優しく抱き締めてくれていた。


でも、絶対殴る必要なかったよね──。




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