──休んでいろ。
そう言われてナツキは手頃な瓦礫に腰かけて、パソコンを弄っていた。他の仲間から随時送られてくる画像データや文章データをチェックする。それらをそれぞれフォルダ別に纏め、USBメモリに移していく。
その傍らでクリスは工場内にあった自走砲にガラクタを繋ぎ合わせて、戦車擬きを改造していた。右側には機銃と主砲を、左側には電動ノコギリが取り付けられている。元があったとはいえ、しっかりと強化されていてクリスの工作能力に地味に驚いた。
「すご……動くの、それ?」
「計算上はな。実際に動かしてみないことにはわからないが」
「ほぇー……」
データ移行で時間が掛かりそうなパソコンを脇に置いて、半手作り戦車を見上げる。座席部分は剥き出しで防御面は少々心もとないが、パワーはありそうだ。
「ポリマー製なら磁力の影響も受けない。奴を倒すには持ってこいの代物だ」
「成る程、いいね」
相槌を打ち、サムズアップする。視界の端でパソコンの画面に受信のアイコンが浮かび、俺はすぐに確認した。
アンバーアイズからだ。画像データが数枚添付されている。
「クリス。これ──」
ミランダと、聖杯に納められたフラスクが写っている。
「こっちのデバイスにも送っておいてくれ。アンバーアイズには俺が通信しておく」
「了解」
後ろでクリスがアンバーアイズと連絡を取り合う声を聞きながら、パソコンを操作して素早く画像データをクリスのデバイスに纏めて転送する。転送の完了したメモリを抜き、サイドバックに押し込んでナツキは立ち上がった。
ズドォン──頭上で轟音が響いて、スクラップが振動でカタカタ揺れる。何事だと反射的に上を見上げたが、高い天井が広がっているだけだ。それから数秒後にそばの下水溝に何か重たいものが落ちる音がした。
ただのスクラップか、あるいはB.O.W.か、ハイゼンベルクか。何にせよ警戒するに越したことはない。身構えた俺をクリスが制する。
「隠れろ。電気を消す」
戦車の影に押し込まれて、部屋の明かりが落とされた。
真っ暗闇の中息を潜めていると、奥からライトの光が見えた。クリスが素早く近づいて銃を奪い取り、無力化した上で殴り飛ばす。
「関わるなと言った筈だぞ。邪魔をするな」
「何だ偉そうに!ミアを殺したクソ野郎めが!」
口汚く罵るその声は間違うはずもない──イーサンだ。憎しみの籠った声色に心臓が萎縮する。
「あれはミアじゃない。ミランダだ」
「何?」
「奴は生体兵器だ。擬態能力でミアに化けていた。あの銃撃でも殺せず、トドメを刺しに来たんだ」
クリスがあの襲撃の真実をイーサンに説明しながら、電気スイッチを押した。明るくなった視界に俺は腰を上げかけたが、次いで聞こえた怒声で、体勢を元の状態に戻す。
「ふざけるな!それなら何故すぐに言わなかった!?」
「もし知れば介入すると思ったからだ。民間人を巻き込めばややこしくなる!」
激しく言い争う二人の後ろで、完全に出ていくタイミングを失ってしまった俺は戦車の影で静かに息を吐き出した。
クリスは巻き込みたくないとは言っていたが、結果的には巻き込んでしまった訳で。きちんと初めから話しておけばこんなに拗れずに済んだだろう。今さら後悔しても遅い。
「何故俺達なんだ?どうしてこんな目に?」
震える声。三年前のあの日からこうなる運命は決まっていたのかもしれない。偶然にしろ、必然にしろ、起こってしまった事はもはや止められない。俺達に出来ることは少しでも良い方向に進むように足掻く事だけだ。
「そうだな……分かった。お前には説明しておこう」
レンチを貸せ──クリスはそう言うと、今度こそ戦車の最終チェックを再開した。
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