ハウンドウルフ隊の一人としてナツキは作戦に当たっていた。イーサン・ウィンターズ、そしてその子供のローズマリー・ウィンターズの保護、並びにミア・ウィンターズの殺害。
少々手荒ではあったが、任務は滞りなく進み、今は移送中だ。腕の中ですやすやと眠るローズを眺める。
「赤ちゃんなんて初めてだっこしたよ……怪我させちゃいそうで怖いな」
可愛いけれど、柔らかい肌は爪が引っ掛かっただけで切れそうだし、小さな手は少し力を込めただけで折れそうだ。こんな何の害もない赤ん坊に力があるようにはとても思えないけれど、BSAAの検査では異常値が出ていた。
「馬鹿力で潰すんじゃないぞ?フィー」
「分かってるよ、ルディ」
同乗していた隊員のルディが俺のコードネームを略して呼びながら意地悪く笑う。馬鹿力は認めるが、力加減がわからないほど馬鹿ではない。
「このまま問題なく作戦が終われば良いんだけど……」
「後は移送だけだろ?何か不安でもあんのか?」
「んー……そうなんだけど」
何か、嫌な予感がする。狭い車内見回す。
車内にはルディとローズ、それから俺の目の前に昏倒したイーサン・ウィンターズ。
「気にしすぎだろ」
「……うん」
ミランダは殺した。それはナツキもしっかり確認した。だけど、ずっと胸騒ぎがしている。作戦中にも関わらず、呑気に欠伸をするルディに苦笑して、視線を下に落とした。不安なんてつゆも知らずに、ローズは穏やかな寝息を溢している。
杞憂であればいい。そんな事を考えてとんとんとローズの胸元を撫でてやった。心地よかったのか、ローズの口角が上がる。つられるように自然とナツキの口許も緩んだ。
穏やかな空気を壊すように、車体に何かがぶつかる音がした。続けざまに聞こえる鋭いブレーキ音と共に激しく揺れる車体に俺は即座に身を屈める。
「──っう」
不意にルディが呻いた。視界の端で黒が動く。
「何……!?」
黒く鋭い触手が鉄製のフレームから飛び出し、ルディの身体を貫いていた。触手は数を増やし、ルディの身体を乱暴に串刺しにする。飛び散る赤に息が止まった。
「あぁ、クソ……!こちら、フィーライン!誰でも良い、応答願う!」
反射的に通信機のスイッチを叩きつけて、叫んでいた。車体が大きく傾いた。あの触手が運転席のロルフをも貫いたのだろう。
逃げなくては──荒っぽく、背中で背後のドアを押し開けて、飛び出した。凍てつくような風が頬を撫でる。ローズが怪我をしないように抱え込み、転がりながら着地した。
「……ってぇ……」
同時に車が横転し、あちこちに荷物が散乱する。血を流し倒れるルディが見えて、顔をしかめた。ロルフも心配だが今はローズを守らなければならない。
崖の上で薄く笑みを浮かべている殺した筈の女を睨みつける。
『ナイトハウルだ。どうした?フィー』
ざ、と短いノイズの後、ナイトハウルの声が聞こえた。腕の中にいるローズを抱え直し、目の前に迫る幾重にも連なる触手を素早く避ける。
「ナイトハウル!移送中に敵性B.O.W.とコンタクト!ミランダがいる……!!」
『なんだって?』
「死んでなかった……多分死体に擬態してたんだ……く、」
向かってきた触手をハンドガンで撃ち落とす。片手にローズを抱いたまま道なき道を駆けずる。背後からメリメリと触手が木をなぎ倒す音が聞こえた。
「確認は出来てないけどルディもロルフもやられた……!」
手榴弾を取り出して、ピンを咥えて抜き取り背後に向かって投げつける。どん、と爆発音が聞こえて木々がめりめりと音を立てて倒れた。だが、此方に近づく気配は止まらない。あれくらいじゃ足止めにもならないらしい。
「ポイントは送ってる!救援を──」
「う……うえぇん」
「あぁ、ごめんよ。うるさかったな……よしよし、もう少し辛抱してな」
手元でローズがグズリだした。騒がしくしすぎて目が覚めてしまったようだ。だが、今は交戦中だ。少しくらいは我慢してもらうしかない。おざなりにあやして、ナツキはナイトハウルへ引き続きコンタクトをとる。
「とにかく救援を頼む。俺ひとりじゃ無理だ……!」
『了解。少しくらいは耐えられるか?フィーライン』
「……頑張ってみる」
皆それぞれ担当が忙しい筈で、すぐにここまで来れるかどうかは怪しい。ハンドガンを握りしめてふぅ、と息を吐き出した。
"頑張ってみる"とは言ったものの、正直一分も無理そうだ。目の前にいる恐ろしい形相の女──ミランダを見上げた。
「ローズは私のものだ!寄越せ!!」
「ローズちゃんはお前の子供じゃないだろ!」
何を性懲りもなく、自分の子供にしているんだ。腕の中でローズが泣いているが、あやしてやることなんてできない。視線を外せば一瞬であの触手が俺を貫いてくるだろう。
ハンドガンを構えたままじりじりと後退する。だが、その分ミランダも一歩ずつ距離をつめてきた。
「…………」
「…………っ」
先に動き出したのはミランダでも、ナツキでも無かった。
さく、と背後から軽い衝撃。腹部から飛び出す五本の刃を、呆然と見下ろす。声すらも出せないまま、ぐらりと身体が崩れる。
「ぐっ……!がは、」
何とか手をついて、ローズが叩きつけられるのは阻止したが、血が口からこぼれ落ち、白い雪を赤く染めていく。激痛にハンドガンを取り落としたのも構わず、傷口を手で押さえつけた。耳元でナイトハウルの声が聞こえるが返事すら出来ないまま、喘ぐように呼吸をする。
「よくやったわ、オルチーナ。さぁ、我が子を取り返さなくては──」
「ふざっけんな!」
伸ばされた手を払い飛ばし、身体を引き摺って後退する。ミランダだけでなく、その配下のオルチーナ・ドミトレスクまで現れるとは、状況が悪すぎる。
強引に立ち上がり、遥か頭上にある顔を睨み付けた。
「まだ抵抗するか。大人しく死ね」
「──がっ……」
地面から生えた触手が俺の身体を刺し貫く。前ほどの攻撃とは比べ物にならない。身体を抉るような容赦のない攻撃に俺は呆気なく意識を飛ばした。
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