- ナノ -


少し休憩と武器の確認をしてから、ナツキ達はリッカーβがガラスを割って出てきた場所から奥へと進んだ。L字型の廊下を抜けて、階段を上がる。

「さっきの奴……後数体いたら危なかった」

「えぇ。乱戦は避けるべきね」

「……っていうか、もう会いたくないんだけど」

桃色の怪物を思い出して、それぞれ気持ちを吐き出す。よくあんな恐ろしい怪物を造ろうと思うものだ。
角を右に曲がると通路の奥には扉が一つ。その手前に赤い取手のレバーが取り付けられている。試しに引いてみると高窓から光が漏れた。どうやら隣の部屋の蛍光灯の電源だったらしい。何故、わざわざレバー式……という疑問は抱いてはいけないのかもしれない。

そして隣の部屋に移動した。

「──っ、ぷへ」

入った瞬間にナツキは叫びかけたが、悲鳴が飛び出すより前にシェバに口元を押さえつけられて事なきを得る。
ガラス張りの空間が左右に設置されていて、その中にはリッカーβが三体ずつ入れられていた。

「こちらには気づいていないみたいね」

「そうみたいだな。物音を立てずに行こう」

シェバの言う通り、リッカーβは壁に張り付いてじっとしている。音さえ立てなければうまく切り抜けられそうだ。顔を見合わせて小さく頷く。細心の注意を払い音を立てないように扉を開けて、リッカーβを横目に見ながら、通路を進んだ。

が、問題が発生した。扉がひしゃげて壊れている。いつもなら蹴破れば済む話だが、今回はそうはいかない。背後には大量のリッカーβがいるのだ。蹴破れば奴らが一斉に襲いかかってくるだろう。

「……どうするの?」

「蹴破るしかない。開けたら一気に奥まで走れ」

先に進むにはそれしかない。

「オーケー」
「わかったわ」

クリスの案に了承し、深呼吸をした。目配せをしてからクリスが指先でカウントする。

3、2、1──"行け"のハンドサインを合図にクリスが扉を蹴破り、一斉に走り出す。その直後、背後でガラスの割れた音が聞こえた。息を止めて全速力で走る。

「行き止まり!?」

「違うわ!エレベーターよ!早くボタンを押して!!」

言われるままに下ボタンを連打した。だが、よりにもよって籠はこのフロアから一番遠い階にある。籠の位置を示すランプがゆっくりと動くのを見てナツキは舌打ちをした。

「不味いな……」

クリスが振り返り、背後を確認する。通路の突き当たりの角からリッカーβが迫って来ていた。距離はそこそこあるが、エレベーターがこのフロアに来るまでは持たない。この袋小路であの数のリッカーβに追い詰められるのはキツい。せめて少しでも数を減らさなければ。

クリスがライフルで狙撃し、シェバがマシンガンで天井に張り付いている奴らを撃ち落とす。ナツキも二人に続いてハンドガンで微力ながら応戦する。が、数が多い。次から次へと現れて処理しきれずに距離が縮まってきた。まだ敵の射程範囲ではないが、それも時間の問題だ。

「っエレベーターはまだか!?」

「後もう少し!!」

上部のインジケータを確認してナツキは叫ぶ。ちょうど半分を過ぎたところだ。後少し耐えれば何とかなる。
普段ならエレベーターの待ち時間なんて気にもならないのに異常に遅く感じた。ただ待つことしか出来ないのがひどくもどかしい。

「ああ、クソッ!」

クリスが悪態をつきながらショットガンに持ち変えて、跳ねて一気に距離を詰めてきたリッカーβを撃ち飛ばした。発砲音と心臓の音が入り雑じり、五月蝿いくらいに鼓膜を揺らす。

はやく、早く──気持ちだけが前のめりになって、銃身がぶれる。奴らはもうエレベーターホールまで侵入しようとしていた。表情など無い筈なのに、にやりと目の無い顔が笑ったように見えた。

その時だった。ポーン、とその場に似合わない穏やかな機械音が鳴り、エレベーターの到着を知らせた。

「っ!」

思わず息を飲む。クリスが「乗れ!」と叫び、ナツキは即座に後退してエレベーターに飛び込んだ。先に乗っていたシェバが二人が乗り込むのを確認してエレベーターの"閉"ボタンを押す。

最後の悪足掻き、とばかりに一体のリッカーβが飛び掛かってきたが、それよりも前にドアが固く口を閉ざした。





「助かったぁ……」

エレベーターの中でナツキは脱力する。
全身が汗でびっしょりだ。流石にあの数は死を覚悟した。

「あれだけの数だと対処のしようがないわね」

「そうだな……」

三人とも肩で息をしながら、弱々しく頷いた。機械音が響いて、エレベーターが止まる。どこかは解らないが別のフロアに着いたようだ。
自動ドアが開く。周囲から物音はしないが、警戒は怠らない。銃を手にしたまま進む。

通路を抜けた先にはとてつもなく広大な空間が広がっていた。天井は遥か頭上にあり、下は光が届かず暗くなっていて底は確認できなかった。自分が今、地下にいるのも忘れてしまいそうな程の広さだった。

「ここは!?画像にあった場所だわ!」

「ここにジルが!?」

辺りをよくよく見ると壁面には人が一人入れそうなポットがまるで昆虫の卵のようにびっしりと取り付けられている。何十──いや何百、恐ろしいほどの数だ。本当にここのひとつにジルさんがいるのだろうか?

呆然としていると眼下でひとつのポットが音を立てて開く。中から滑るように人らしき何かが出てきたが、そのまま常闇に落ちて見えなくなってしまった。

「なんて酷い……」

"処分"されたのだ。
シェバの呟きが耳を通り抜けていく。クリスも暫く闇を見つめていたが、思い出したように中央にあるコンピュータに飛び付いた。瞬く間に幾つものブラウザが立ち上がる。その速さに呆気に取られている間に画面に女性の画像が表示された。

「ジル!!」

デバイスで見たのとはまた別の画像だ。間違いなくジルさんはここにいるらしい。画像を見つめていると不意にブザー音が鳴り響き、足元ががくんと稼働した。吃驚したがこの円形の足場はエレベーターになっていたようで、鈍く回転しながら下降している。

「なんて数だ。世界中から人を拐って実験をしているのか?」

「それって犯罪なんじゃ……」

「奴らは手段を選ばない」

目的のためなら何でもやるってかなりヤバイ組織だ。しかもこれだけの規模の施設を作れるお金も持ってるとか、恐ろしいにも程がある。
そんなことを考えていたら、エレベーターが急停止した。激しく揺れた足元にたたらを踏みつつもギリギリ耐えた。一体全体何事だ。頭上に"?"を浮かべていたら赤いランプがちかちかと点灯し、コンピュータの画面に赤くエラーを示す文字が浮かんでいる。

「何だ!?」

クリスがコンピュータを弄るが、依然としてエラーのまま変わらない。「どうして?」とシェバが不安そうに画面を見つめる。そんな三人を大きな影が覆った。ハッとして一斉に振り返る。

「そういうことか!」

至極冷静にクリスは銃を構えていた。ナツキはといえば驚きとビビりのダブルパンチで悲鳴をあげることさえままならない。

一言で表すならそれは黒い巨蟹だ。両手にはナイフのように鋭い鋏がついていて、後ろ足はポットに引っ掛けて体勢を保っている。

黒巨蟹──U-8は徐に鋏を上へともたげた。それが攻撃の初期動作なのは想像に容易く、ナツキは頭で考えるよりも先に身体を動かしていた。

「なんて硬いんだ!効いているのか!?」

敵の先手を避けたクリスがハンドガンを撃ち込むがU-8もポポカリム同様外殻が硬くダメージを与えられない。このまま撃ち続けてもいたずらに弾数を減らしてしまうだけだ。撃ち方を止め、苦い顔をして逃げに徹する。
幸い円形の足場は逃げやすい。ナツキはコンピュータの影に隠れて弱点を探すように発砲した。頭も足もダメときて、次は何処を撃つべきかと悩んだ矢先にシェバの鋭い声が飛んでくる。

「二人とも!あそこよ!足の赤い部分!!」

いち早く敵の弱点を発見したシェバが銃弾を叩き込む。だが、図体が大きいだけあって弱点を攻撃しても中々怯む様子がない。それに動きが速いためダメージを継続して与えづらい。

「っぶねぇ!」

振りかざされた鋏を間一髪避ける。足場の金網にざっくりと大きな穴が開く。これは倒すのにあまり時間をかけてられないなと考えつつ、ナツキはマガジンを素早く入れ換えた。

新たなマガジンを半分ほど使った辺りでU-8が体勢を崩した。だらりと開けた口は無防備だ。

「じっくり味わいなさい!」

当然その隙を見逃す訳がない。シェバがその大口に向かって手榴弾を投げ入れる。

ずどん、と口腔内で手榴弾が弾けて、U-8の外殻が剥がれ落ちた。どんな生き物でも内蔵を鋼鉄のようにすることは出来ない。手榴弾が決め手となり、U-8は耳障りな悲鳴を上げて常闇に沈んでいった。


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