- ナノ -


がしゃん、ガシャン──規則正しい間隔で耳障りな機械音が響く。脳髄を揺するようなその音で闇に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。それと同時に全身に走る疼痛に息が詰まった。一呼吸する度に肺と胸がずきずきと痛む。

痛い、いたい。何があったんだっけ?

はっきりとしない、ぼやけた意識の中でナツキは記憶を掘り返そうとした。しかし思考回路が復旧したばかりの頭では全く思い出せない。いやそれよりもここがどこか確認しなければ──重い瞼をゆっくりと押し上げた。

薄暗い。煤で汚れた天井が見える。

「よう。お目覚めか?」

「──お前っ……!いっ……」

すぐ近くで聞こえた声にナツキは跳ねるように身体を起こそうとしたが、手足に走った激痛でできなかった。硬く冷たい鉄製の寝台に逆戻りしたナツキに男──ハイゼンベルクはくつりと笑う。

「まあ、そう怖い顔するなよ」

そう言いながら薄い笑みを浮かべたまま、葉巻の煙を燻らせる。煙草よりも癖のある臭いにナツキは顔をしかめて、嫌悪を顕にした。

最悪だ。気を失う前の事を否が応でも思い出す。内心で悪態をつき、ナツキは動かない自分の手足を確認した。

「っ!」

杭が──太く長い杭が手の甲に打ち付けられていた。
少し乾燥して粘り気の増した血が寝台にこびりついて嫌な臭いを発している。刺さったままでは傷は回復しない。ハイゼンベルクもそれに気づいて敢えてこうしたのだろう。

「俺をどうするつもりだよ」

「言っただろ?実験台にするんだよ。俺に従順な兵器にするためにな」

「誰がそんなのに……」

「死体にカドゥを埋めて、機械をつければあっという間に完成だ。お前の意思は関係ねぇ」

死んだとしても利用される。寧ろ死んだ方がハイゼンベルクにとっては好都合なようだ。どうやればこの状況を打開できるだろう。ぐるぐるぐるぐる。必死で頭を回転させる。だがどれだけ考えようとも脱出方法は見つからない。

「さっさと殺っちまっても良かったんだが……傷付いた側から治ってく身体に興味が沸いたんだ。どれだけ傷付けば死ぬのか試してみるのも悪くねぇよな?」

「は……何言って……」

手に突き刺さる杭を撫で、嗤うハイゼンベルクに嫌な予感が胸をよぎった。無意識の内にかたかたと指先が震えて、呼吸が浅くなる。

「生物兵器として造られた癖にビビってんのか?こりゃ傑作だな!」

「う、ああっ!!」

「下手な人間よりよっぽど、お前の方がよっぽど人間らしいぜ!なァ!」

目の前が一瞬真っ白になった。肉を抉るように乱雑に杭を引き抜かれ、再び打ち込まれる──今度は腕の中程を。身体を貫く異物感が堪らなく気持ち悪い。だがそれを取り除くことすら、溢れ出す血を拭うことすら、出来ない。

痛みを誤魔化すように大きく息を吸って、ハイゼンベルクを睨み付けた。

「だが、治癒能力は──人間じゃあねぇ」

ナツキの強がりをさらりと流して、ハイゼンベルクは手の甲に空いた穴を指でなぞる。内側をなぞられるその感覚にゾッとした。抉られるのではと恐怖したが、それよりも先にドクドクと脈を打つように血が溢れて、ハイゼンベルクの指先を押し退けるように肉が形成されて皮膚が癒着する。

「問題はこの治癒能力が死んでも使えるかどうか、だな」

それも殺せばわかることだな。なんて言いながら、ハイゼンベルクは金属ラックからコンバットナイフを掴む。ハイゼンベルクの手元で鈍く光る暗い色のナイフに血の気が失せた。

「心臓に刺せばお前も死ぬか?」

「っ……!」

あんなもので刺されたら冗談抜きで間違いなく死ぬ。いくらナツキが頑丈だとはいえ、限度ってものがある。

化物だなんだと言われても、ナツキは所詮治癒能力がちょっと高いだけの"人"だ。脳天を撃ち抜かれれば死ぬし、心臓もまたしかり。とはいえ試したことはないけれど。恐らく。

「安心しろ。死んだら痛みも何も感じねぇさ」

言葉とは裏腹に愉悦の色を孕ませて、ハイゼンベルクは手元のナイフをこちらに見せつけるようにゆらゆらと揺らした。

「ひっ……」

喉が恐怖にひきつる。そんなナツキの様子にハイゼンベルクは鼻で笑って、ゆっくりとナイフを持ち上げた。

「やめろっ!!やめ……──」

制止も空しく、ナイフは心臓を目掛けて振り下ろされる。胸に走る鋭い衝撃。


そして、暗転。



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