「……死ぬかと思った……」
本日二度目の台詞を呟いて、ナツキはいつの間にか目尻に滲んでいた涙を拭い取る。心臓はバクバクだし、喉は痛いし、足もガクガクだ。そんな俺とは対称的に二人は少し呼気を乱しているだけで、平気そうにしている。……二人とも普通の人間じゃない気がする。
シェバに促されて、ナツキは渋々立ち上がった。まだ足が生まれたての子鹿状態だ。もうちょっと休みたいな、なんて希望を抱きながらちらりとシェバを見る。
「なぁに?」
「……ナンデモナイデス」
笑顔なのに強烈な圧を感じた。とても駄々をこねられるような雰囲気ではなくて、ナツキは諦めた。
先に進み、両サイドに取り付けられた鎖を引っ張ってみた。がこん、と鎖の上にあった髑髏が頷くような姿勢をとる。仕掛けが作動し、鈍い音を立てながら目の前の壁が下りていって階段に変化した。長い階段をよたよたと壁に手をつきながら下る。
「ひろっ……どうなってるのこの遺跡……?」
二人からやや遅れつつ、階段を下りきった先にはこれまで以上に広い空間が広がっていた。天井は遥か上にあり、入り組んだ通路が縦横無尽に続いている。先に進む道はナツキ達よりも上にあるあそこだろうとは予測はついたが、そこに行くための道は途切れており、また何か仕掛けを作動させなければならないようだ。
一先ずは目の前に続いている通路をまっすぐ進む。
「いっぱいあるあの石像……怪しくない?」
あちこちに設置された、紫や緑などカラフルな色味の石像は何かありそうな雰囲気を醸し出している。クリスも同じ考えだったようで、同意してくれた。とりあえず調べてみないことには何も始まらない、と一番近くの石像を確認する。
淡い緑色をした石像を見上げた。椅子に座り、両腕に髑髏を持っている。その二つの髑髏から鎖がぶら下がっていた。
「大丈夫?また倒れたりしない?」
「その時は、その時だ。ナツキは離れていろ」
クリスとシェバがそれぞれ鎖を掴むのを、言葉に甘えてナツキは三メートル程離れた場所で傍観する。二人はいちにの、と合図をして息を合わせて鎖を引いた。
ガコン──
石像の顔がスイッチのように押し込まれ、そのまま後ろに引き下がる。変化はそれだけではなかった。今までにない大きな地響きが聞こえて、空間の中央の十字路に新しく階段が出来上がっていた。本当に原理はどうなっているのか、甚だ疑問である。
「あら、宝石があるわ」
「え?マジで?」
その言葉にナツキは石像の恐怖も忘れて近づいて、シェバの手元を覗きこんだ。ステップカットのサファイアがシェバの手の上でキラキラと輝いている。初めて見つけた宝石にナツキは同じくらい目を輝かせた。
やっとトレジャーハンターらしくなってきた。真の目的はそれではないけれども。
「欲しいのならあげるわ。どうせ私は使わないしね」
「いいの!?ありがとう!」
受け取ったサファイアを光に透かす。曇りひとつなく美しく光を反射させるそれは素人から見ても本物だと解る。興奮冷めやらぬまま、ナツキは宝石を失くさないようにハンカチに包んでからポケットの奥に押し込んだ。
「ナツキ、置いてくぞ!」
「あっ!ちょっ、置いてかないでって!」
もうすでにクリスの姿は壁の向こうに隠れて見えなくなっていた。慌てて追いかける。こんなところに置いていかれたら、迷子からの餓死なんていう恐ろしいルートを辿る想像しかできない。
先程出来た階段を上がった先にも石像があった。鎖を引いて仕掛けを作動させると上ってきた階段がせりあがって、通路へと形を変える。
こうやって仕掛けを順に解いていけば、そのうちあそこに繋がる道もできそうだ。ナツキ達は今しがた出来上がった通路を通り、次の石像に向かった。
◇
仕掛けを幾つか作動させて、遺跡を行ったり来たりを繰り返す。途中マジニや蜘蛛に襲われるアクシデントもあったが、難なく撃退した。
「まだあるのか……これ……」
淡い赤色をした石像を見上げて、ナツキはぼやいた。何度同じことをやらせるのか。鎖を引くのはナツキではないが、見ているだけでもうんざりとしてきた。
内心でぶーたれるナツキを他所に、クリスとシェバが鎖を引く。ごごご、と今までよりも一際大きな地鳴りがして中央の通路が長い階段に変化した。
「これで終わり?」
「みたいだな」
やっとだ。やっと次に進める。三人は無意識の内に気を緩めていた。それが、良くなかった。
羽音が聞こえたと思った矢先に、ずどんと目の前に大きな影が降ってきて、甲高く嘶いた。油断していたナツキは喉をひきつらせて腰を抜かす。
「ぎゃぁああああ!?こいつって鉱山で崖に落ちたんじゃなかったっけ!?」
黒々とした光沢のある硬い甲殻の化物──ポポカリムは動けないナツキを目掛けて鋭利な爪を煌めかせた。ヤバイ、と思うよりも前に襟元を勢いよく引っ張られて視界が回転する。それからごつんと後頭部に衝撃。
「い"っだぁ!?」
身悶えしているナツキの頭上でポポカリムの爪が通りすぎた。
「ナツキ!ぼうっとしてないで早く逃げるわよ!」
ポポカリムに牽制射撃をしながら、シェバが叱咤する。さっき襟元を引っ張ったのはシェバだったらしい。道理で若干悪意が……。と、思いつつも、急いで身体を起こして走る。
「っ!ぶねぇ!」
飛びかかってきたポポカリムを瓦礫の陰に隠れてやり過ごし、ナツキは二人の背を追いかけて階段を三段飛ばしで駆け上がった。それくらいしないとポポカリムに追い付かれてしまいそうだった。
黒板を引っ掻くような嫌な鳴き声を発しながら、ポポカリムが階段に爪を立てて這うように迫ってくる。クリスが何度が銃を撃って足止めしようとするが、硬い甲殻に弾かれて意味はない。
「くっ!ダメか……!」
「追い付かれるわよ!?」
「それより前にあそこに逃げ込めれば……!!」
階段を上った先の通路の入り口は狭い。追い付かれる前に飛び込めばポポカリムは入ってこれない筈だ。破壊してこなければ、だが。
後には引き下がれない。ナツキ達は互いに頷いて速度を上げ、雪崩れ込むように通路に飛び込んだ。
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