- ナノ -


目が覚めたらどこかもわからぬ水辺に一人流れ着いていた。意識がなかったにも関わらず、生還できたのは奇跡だ。水に浸かった半身を持たげて、ずるずると水辺から這い上がる。

「最悪だ」

水に濡れた服の袖を絞りながら、周囲を見回す。誰もいない。クリスもイーサンも見当たらない。ナツキ一人だけのようだ。
ガンホルダーに手を伸ばし、ハンドガンとマグナムがしっかりと収まっているのを確認して安堵する。

それにしても。折角合流できたと思ったのに、また振り出しに戻ってしまった。その上──

「はぁ……」

イーサンのあの顔を思い出して、重苦しすぎるため息を吐き出す。何なら魂まで出ていきそうなレベルである。

クリスには怒られたし、イーサンには恨まれるし、上手くいかない。どうするべきだったのかと今さら悩んでも仕方のない事を考えて、またため息をひとつ。

水分を含み、顔に張り付く髪を煩わしげにかきあげた。流されたといってもそう離れてはいないはずだ。少し歩けば村かどこかわかる所に出られると思う、想像の通りであれば。それならまたクリスとも合流できる。

濡れそぼった身体を震わせながら、ナツキはゆっくりと動き出した。

「──?」

かつん。堅いものがぶつかるような音に顔をあげる。空気が震える感覚にハッとして周囲を警戒した。
あちこちに置かれていたガラクタが揺れてカタカタと音を立てている。ハンドガンに手を伸ばして、グリップを掴もうとして掴めなかった。

「うわっ……!?」

義手が落ちた──と錯覚した。がくりと身体が右腕に引かれて膝をつく。異常な程に右腕が重い。いや、上から力付くで押さえつけられているような感覚。

「よう」

「お前は……ハイゼンベルク……!!」

ニヤニヤと笑って此方を見下ろす髭面の男には見覚えがあった。ミランダの配下の四貴族の内の一人、カール・ハイゼンベルク。彼もまたドナやモローと同じく妙な能力を持っているのは事前の調査で把握済みだ──それも、最悪の相性の。

「お前……普通じゃねぇんだろ?あのサイコ人形との戦い見せて貰ったぜ」

「…………」

「お前ならいい実験台になりそうだと思うんだが、どうだ?」

歯車や釘、鉄パイプ、ナイフ──金属のガラクタがふよふよと浮かび、ナツキとハイゼンベルクの周りを漂う。それらはきっとハイゼンベルクの意思ひとつでナツキを貫いてくるだろう。

「実験台なんて冗談じゃない!」

押さえ付けられた義手を強引に動かす。ぷち、とどこかの電気神経回路の線が切れるような音が聞こえた。こんな最悪な敵に出会うなんて。ミランダの方がまだマシとさえ思える。

「クソッタレ!」

じわりと目が赤く染まる感覚がする。あまりウロボロスの力は使いたく無かったが、我が儘も言っていられない。力任せに拳を振り抜いた。

「おっと、あぶねぇ。やっぱり普通じゃねぇんだな。その瞳」

いとも容易く避けられた。俺の顔を覗き、ハイゼンベルクが嗤う。サングラスに瞳孔の鋭い赤い瞳が写った。

奴の能力のせいで動きが鈍っている。五体満足ならこんな奴簡単に倒せたはずなのに。苦虫を噛み潰して、サングラスの奥の眼を睨んだ。

「……このっ!」

左手でコンバットナイフを抜き取り、振りかざす。

「まだ動けるか、凄い力だ。興味深い──」

「かはっ──!?」

ハイゼンベルクが腕をひと振りしただけで、俺の身体は右腕に引っ張られるように吹き飛んだ。壁に叩き付けられて、一瞬呼吸が止まる。噎せるように酸素を補給して、崩れ落ちかけた身体を何とか支えた。

「まだ耐えるとはね。どれだけ頑丈な身体してやがんだ」

いや、もう死にそうだって。その言葉は言えないまま吐息だけが口から漏れた。馬鹿力も制限つきじゃ満足に使えない。こんなところで義手がネックになるなんて思いもしなかった。

「だが……これはどうだ?」

「……!」

冷たい汗が背筋を流れる。目の前に浮かぶ十数本のナイフ。その切っ先がすべてナツキに向けられていた。ハイゼンベルクがゆらりと腕を上げる。先程よりも強固に腕を地面に縫い付けられてびくともしない。

逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。

焦る心を置いて、残酷に世界は時を刻む。じゃあな。そんな言葉と共に腕が振り下ろされた。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

腕に、足に、腹に、胸に、ナイフが突き刺さる。全身から撒き散らされる血で目の前が赤く染まって、ぐしゃりと崩れ落ちた。

猛烈な痛みで身体が痙攣する。

「流石に死んだか?まあいい。死体でも問題ねぇしな……頑丈な素体が欲しかったんだ」

そんな声を最後に俺の意識は暗転した。




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