広い空間の中央には、一人では回せそうに無さそうなハンドルが設置されている。罠の可能性もあるが、先に進む道は閉ざされていて回す以外手段は無さそうだ。
クリス、シェバとナツキの二手に別れてハンドルを押し回す。半回転させると同時に何処からともなく地響きが聞こえた。
「なな、なななななに!?」
奥の扉が開いたのはいいが、その両脇から直径二メートルはありそうな球が四つ転がってきた。しかも、燃えている。うっかりぶつかりでもしたら、大ダメージ待ったなしだ。
「ナツキ!シェバ!扉まで走れ!!」
躊躇している暇はなかった。扉はハンドルと連動して時限式になっていて、徐々に入り口を狭めている。クリスの声に押されるようにナツキは走り出した。
魁を務めるクリスの背中を必死に追いかける。すぐそばを火の球が転がって、熱気が全身を撫でた。喉がひっとひきつる。
「っ……!」
こういうときに最悪の瞬間を想像してしまうのは悪い癖だ。コンパスと体力の差で二人と距離が開いていく。熱気で身体は熱い筈なのに、全身は冷たい汗で濡れていた。
「ナツキ!急げ!」
既に扉の内にいるクリスが叫ぶ。それに返事をする余裕もないまま、半分以上口を閉じた扉に向かってただひたすら走る。前でシェバが無事、扉にたどり着いていた。残るはナツキ一人だ。
唾を飲み込んで、震えそうになる身体を堪えて、最後の力を振り絞って殆ど閉まった扉に向かってスライディングを決める。ナツキが滑り込むと同時に背後でずしんと扉が閉まった。
ギリギリだった。後数秒遅かったら、顔面だけが潰れたトマトが完成していただろう。埃臭い空気も構わずに、喘ぐように酸素を補給する。
「ふぅ……危機一髪、だったな」
「死ぬかと思った……」
肩を上下させながら、ナツキはげっそりとした。九死に一生を得た気分だ。
荒れた呼吸を整えてから、先へと進む。階段を下りて、扉をひとつくぐった。
両脇に悪趣味な石像が並ぶ、長い通路が続いている。敵の気配はない。
「趣味悪いなぁ……」
石像をよく見ようと近付きながら、ぼそりと呟く。顔を上げていたから足下が疎かになっていた。というより、全く予想もしていなかった。
がこん、と足下の床が下がった。まるでスイッチを押したかのような感触。間違いなくやらかした気配を察知して、額を汗が伝う。
ゴゴゴゴゴ、と本日何度目かの地響きが聞こえた。
「──走れっ!!」
クリスが叫び、俺達は反射的に走り出す。両脇に立つ石像が走り出した俺達を追い掛けるように倒れてきた。全力疾走をしてもぴったりと背後をついてくる。
「跳べっ!」
「うぇえええ!?」
いやらしい位置に落とし穴があり、俺は雄叫びを上げながら飛び越えた。クリスが教えてくれなければそのまま奈落の底へまっ逆さまだったろう。しかし、安心するのはまだ早い。石像の罠は未だ作動中だ。
なけなしの体力を振り絞り、必死に走る。
「まだかよぉ!」
「口動かす暇があったら、足を動かせ!」
弱音を吐き出したらクリスに怒られた。確かにそうだが、そろそろ体力が限界だ。ただでさえ先程走って疲れていたのに、これ以上なんて。心臓が破裂しそうなくらい脈打って、喉の奥が痛んで血の味が口の中に滲む。
だー!とかうー!とか意味のない声を上げてひたすらに足を動かした。声を出しておかないと挫けてしまいそうだった。
「俺がっ!悪趣味な像だって!言ったからか!?」
クリスとシェバに半目で睨まれて、ナツキは顔をそらす。決してそんなことはないとは思うけれど、言わなかったらあのスイッチは作動しなかったんじゃなかろうかとも思う。
「またあるぞ!跳べ!」
またも仕掛けられてある落とし穴。クリスが飛び、ナツキも続いて地面を蹴った。
「うぉおおお!!──あべしっ!?」
雄叫びを上げて飛ぶも勢いが足りなかったらしく、脛を盛大に向こう岸にぶつけた。激痛に悶えるよりも前に重力に従い、落下する身体に恐怖する。
「まずっ……!」
反射的に縁を掴んだのは奇跡だった。
「「ナツキッ!!」」
クリスとシェバがすぐに気づいて戻ってきてくれた。クリスが即座にナツキを引き上げて、そのまま手を引いて走り出す。その向こうで扉が閉まりつつあるのが見えた。
「後少しだ!頑張れ、ナツキ!」
「──っうん!」
俺達は縺れるように転がりながら扉の向こうに逃げこんだ。
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