- ナノ -



何十もの蜘蛛を撃退し、ナツキ達は梯子を上り洞窟内部に進んだ。重たそうな石造りの扉の先の景色にナツキはぽかんと口を開けた。

驚くほどに広大な古代遺跡が目の前に広がっている。天井から漏れる僅かな太陽光がどういう仕組みかは分からないが、何倍にも増幅されて遺跡全体を照らしていた。流石に当時の姿のままではなく、所々崩れ落ちている。うっかり生き埋めにならないように気を付けなければ。

「こんな所があったなんて……」

「最近でも人の出入りはあるようだな」

「へ?何で分かるの?」

当たり前のようにそう言ったクリスに聞き返す。パッと見ても人の姿は見えないし、遺跡はボロボロだ。ナツキが不思議そうな顔をしていると、クリスが「そこの」と立て掛けられた松明を指差した。

ゆらゆらと炎が揺らめいている。特に何の変哲もない松明だ。

「火が点いているだろう?」

こくりと頷く。

「火は燃料が無ければ燃えないんだ。つまり──」

「あぁ、なるほど。誰かが定期的に燃料を投入してるってことか」

クリスの解りやすい説明に俺はふむふむと顎を擦って、もう一度松明を眺めた。この短時間でそんな分析が出来るクリスってやっぱりすごい。

「この先にアーヴィングの言う答えなんてあるのかしら?」

シェバがほんの少し不安げに呟いた。
まだこの先に何が、どんな真実が待ち受けているのか検討もつかない。それでも俺達には進む以外、道はなかった。

松明が点いている所を辿り、慎重に遺跡を歩く。時折聞こえる蝙蝠の羽音が静かな遺跡に響いた。

心臓の音さえも聞こえそうな静かな空間が緊張感を煽って唾を飲み込む。いつもの感じならこの辺りでマジニの襲撃がありそうなんだけど。
周囲を確認するが、やはり俺達以外に人影はない。まあ杞憂かな、と思って二人の後を追いかけて石の小橋を渡る。

──うぎゃぁうがっ!!

全く何を言っているか聞き取れない変な声が聞こえた。「へ?」と言うよりも前に浮遊感が身体を襲って、心臓が上に持ち上がる。

「ひぃえええええ!!?ぐえっ!?」

小橋はバラバラに崩れ落ち、俺はそのまま石畳に叩き付けられた。受け身なんて器用な事を出来る筈もなく、綺麗なくらい胸元から落ちて一瞬息が詰まる。打ち付けた肋骨が痛い。

ここ最近怪我が多すぎて嫌になる。刺されるし、鼻を打つし、頭を打つし、今回は胸だ。今度は腰辺りを打つかもしれない。

うつ伏せになったまま俺は痛みが引くのを待つ。というより、頭上でずっとマジニの喚き声が聞こえて顔を上げたくても上げられない。クリスとシェバが上から射撃をしてくれているらしく、銃声が絶えず響いていた。





数分後。

マジニの奇声が聞こえなくなってからナツキはのろのろと身体を起こす。頭上にいるクリスに大丈夫と手を振ると、ほっと安堵のため息をつかれた。

一先ず、上がれる場所を探して、二人と合流する。

「無事で良かった。落ちたあと動かないからヒヤッとしたぞ」

「あはは……マジニが怖くて死んだふりしてた」

多少の打ち身と擦り傷は負ったが、アーヴィングにやられた怪我よりかはずっと軽傷だ。擦り傷に救急スプレーを振り掛けて応急処置だけしておいた。絆創膏が欲しい所だけど、我が儘は言うまい。

「全く……こっちの身にもなってほしいわね」

「う……ごめん……」

シェバにそう言われてナツキは消え入りそうな声で謝罪する。迷惑をかけたくないと思ってはいても、結果的にそうなってばかりだ。

「でも、何もなくて本当に良かった」

「……うん。ありがとう、シェバ」

二人の優しさにナツキははにかみながら、こくりと頷いた。
少しの休憩を挟んでから、先に進む道を探したがどこにも見つからない。瓦礫をよじ登るしか無いのだろうか、と思ったとき、ふと石で出来た大きな箱が目に入った。箱の表面には紋様が刻まれている。

棺か。或いは宝箱か。はたまた古代のゴミ箱か。見た目だけでは判断がつかない。

「な、これって何が入ってるのかな?」

「さぁ?さっき見た箱には金貨と宝石が入っていたけれど」

「わぁ、マジ?」

宝箱が現実にあるなんて思いもしなかった。まるでトレジャーハンターになった気分だ。クリスとシェバに手伝って貰って重たい蓋を押し開けた。

「あれ?空だ」

ワクワクして開けたのに何にも入っていなかった。古い遺跡だし、誰かがもう持ち去ってしまったのかもしれない。期待を裏切られてナツキは落胆する。

「ん?」

地響きに首を傾げて、恐る恐る視線を落として後悔した。

──足下がない。

傾く身体に、先程よりも長い浮遊感。空中で体勢を整える術なんて持ち合わせていない俺は見事に地面とキスする羽目になった。その横でクリスとシェバは上手く着地していた。どういう訓練をすればそんな着地が出来るのか知りたいところだ。

「ナツキ、大丈夫か?」

「何とか……」

差し伸べられた手を握り、立ち上がる。
どうやらあの宝箱は罠だったらしい。全部が全部そうじゃない筈なのに、罠の箱を引き当てるなんて運が悪い。何か悪いことをしただろうかと考えつつ、ざらつく口元を服の袖で拭った。

「敵だ。来るぞ!」

埃臭さに噎せそうになりながら、戦闘体勢をとる。マジニと、またあの蜘蛛だ。細い十字路の中央で背中合わせで敵を迎え撃った。
わらわらと地面から湧く蜘蛛に、うげっと顔をしかめる。今度は飛び掛かられないように気を付けなければ。しっかり見ていれば大丈夫なはず、と自分に言い聞かせて、近づかれるよりも前に撃てるだけ撃ち殺す。

「ナツキ!弾が無くなる前にマガジンを替えろ。俺のポーチから取れ!」

「らじゃっ!」

クリスのポーチからマガジンを素早く抜き取り、入れ替える。互いに背中を守りながら、銃を撃つ。息ピッタリで今までにないくらいスピーディに敵を葬りさる。
最後の一匹を倒したと同時に、奥の閉まっていた扉が開いた。どういう仕組みなんだろう。謎だ。

扉の向こうには広々とした空間が広がっていた。気づかれないうちに敵をライフルで撃ち抜いて、俺達は先へと進んだ。



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