- ナノ -



アーヴィングを倒した俺達はジョッシュさんと合流し、アーヴィングが死に間際に残した言葉に従いとある洞窟にたどり着いていた。

「ナツキ、本当に大丈夫なのか?」

洞窟に入り、船速を弱めながらジョッシュさんが心配そうに尋ねてくる。再三の質問に俺は「平気だって!」と右手で力瘤を作って元気さをアピールして見せた。それでもジョッシュさんは納得いかなさそうな表情だ。

着替える服もタイミングもなくて、ナツキの全身は真っ赤に染まっているし、ジョッシュさんの反応は当たり前と言えば当たり前で。なんなら、合流したときのジョッシュさんは卒倒しそうな勢いだった。

「しかし……こんな所に本当にあるのか?」

薄暗い洞窟内を見回してクリスが呟く。確かに見る限りではどこぞの観光名所にありそうな所だ。だが、あの場面でアーヴィングがわざわざ嘘をつく必要も、理由もない。

「あれ!さっきの奴のボートだわ!」

慎重に奥へと船を進めると、幾つかの建築物が見えた。物置か、休憩所か。木造の小屋からはランタンの灯りが漏れている。その手前にある申し訳程度の木造の桟橋には、シェバの言う通り油田施設で見かけたあの黒コートの人物が乗っていたボートが止められていた。

間違いない。この先に真実がある。
けれど、それを知るのは少し怖い。

服にシワが寄るのも構わず胸元を掴んで、俺はぎゅっと眉を寄せた。もしかしたら知らない方が幸せかもしれない。そんな考えが頭を過る。

「──ナツキ?」

「あっ!ごめん、今行く!」

名前を呼ばれて顔をあげると、すでにクリスとシェバは船を降りていた。慌てて立ち上がり、桟橋に足をかける。

「気を付けろよ」

背中に掛けられた声にナツキは肩越しに振り返った。此方の身を案じる瞳に擽ったさを覚えて、ナツキははにかみながら「ジョッシュさんも」と返す。

「俺は本部に撤退命令の撤回と応援の要請を掛け合ってくる……それまで、死ぬんじゃないぞ」

ジョッシュさんとはここでお別れだ。船を反転させて離れていく。指先を立ててかっこよく"またな"の合図したジョッシュさんに、俺は姿が見えなくなるまで見送った。





「……俺達もいかないとな」

「そうね」

ジョッシュさんを見送り、俺達は洞窟の奥へと歩を進めた。
ぱちぱちと焚き火が弾ける音が響く。炎は揺らめき、煌々と辺りを照らしている。

「アーヴィングの言ってた"エクセラ"って名前……」

「知っているのか?」

小屋の中の木を組んだだけの簡素な戸棚に並べられた壷の中を覗きこみながら、クリスとシェバの会話に聞き耳を立てる。

「トライセル・アフリカの支社長に同じ名前の女性がいるの」

「そいつがアーヴィングと繋がっていると?」

「まだ確証がある訳じゃないんだけど……」

同じ名前なのは偶然か、それとも。
壷の中に何故か箱ごと押し込まれていたハンドガンの弾をありがたく拝借しておく。

「トライセルか……もしそうだとしたら、奴らはアフリカで何を企んでいる?」

「この先に進めばわかる筈よね」

「あぁ、そうだな」

洞窟の入口から少し進む。天井のあちこちに空いた穴から外の光が射し込み、洞窟内は松明がなくとも比較的明るい。

「うわ……」

ぱき、と足下で何かが割れる音がして、確認して俺は跳ねた。骨だ。人間の。よくよく見たらそこらじゅうに白骨死体が転がっている。どこぞのフィクション映画みたいに動き出しそうで怖い。びくびくしながら出来る限り離れて歩く。

ちょうど広い空間に差し掛かった時だ。地面から砂埃を巻き上げて、何かが飛び出してきた。ほっそりとした四対の足がかさかさと動く。

「ぎゃぁああ!?蜘蛛ぉおおおお!!!」

「ナツキ、ビビりすぎだ」

「いや、滅茶苦茶大きいじゃん!?普通じゃないじゃん!?」

クリスに冷静に突っ込まれて、反論する。ナツキだって普通の小さな、指先サイズの蜘蛛なら何も言わないが、今目の前にいる蜘蛛の胴は人の顔程の大きさで、足は伸ばせば50センチはありそうな化け蜘蛛なのだ。

喚くナツキを他所に、シェバは淡々と蜘蛛を始末している。わらわらと地面から湧いてくる蜘蛛の集団に鳥肌を立つ。なるべく視界に入らないように目を伏せながら駆除していく。

赤褐色の体液を撒き散らして絶命する蜘蛛の気色悪さといったら、夢に見そうなくらいだ。

「──ちょっ!?」

弾切れの瞬間を狙って飛びかかってきた蜘蛛をマトリ○クスの如く、上半身を仰け反らせて避けた。

「いでぁあああ!!!?」

のは良かったが、体勢を戻せずに勢いよくごつんと後頭部を打ち付けた。俺が避けた最後の一匹をシェバが始末する。呆れ混じりの冷めた視線が俺のハートにダイレクトアタックしてきて痛い。
めそめそとしながら、立ち上がり打ったところを擦る。

「そそっかしいな、ナツキは」

呆れ混じりの苦笑を浮かべながら、クリスが頭を撫でてくれた。初めての感触にナツキはじんわりと胸が温かくなった。



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