背後からの追っ手を蹴散らしても、マジニの猛攻は止まらなかった。水門を閉じてナツキ達の進路を塞いでくる。マジニの癖に小賢しい。
水門の開閉はレバー式の簡単な物ではあるが、誰かが船を降りて開けに行かなければならない。俺はまだ鼻が痛くて銃を撃つのに集中出来ないし、すぐそこだとはいえジョッシュさんを一人にいかなかったため、水門を開ける作業はクリスとシェバに任せた。
船に近づいてきた敵をちまちまと倒す。ダイナマイトを投げつけてくる敵がいて泣きそうになったが、必死こいて此方に飛んでくるよりも前に全部撃ち落とした。
クリスがレバーを下ろし、進路を塞いでいた水門が開く。クリスとシェバが戻って来るのを待ってから、また先へと進む。何度か水門を閉じられて妨害はされたが、難なく蹴散らした。
「一先ずは何とかなったな……」
「はぁ……疲れた……」
今度こそ一息つけそうだ。マジニの何度目かの猛攻を凌いだ俺達は腰を下ろした。
「よし、アーヴィングの追跡を再開するぞ」
俺はそんなジョッシュさんの言葉を聞きながら、ぼんやりと空を眺めた。
ゴロゴロと雷がちらつく、曇り空。今にも雨が降り出しそうな、そんな黒い雲。気分も滅入る。はぁ、と重いため息を吐き出した。
誰も何も喋らないまま、時間が過ぎる。
「──しまった!!」
ジョッシュさんの声に微睡みかけていた意識が弾けるように浮上した。状況を確認するよりも前に強い衝撃が全身を襲う。反射的に船の縁を掴んで事なきを得たが、突然の事に心臓が激しく脈打った。
どうやらマングローブの影から現れた大型船を避けきれずに衝突してしまったようだ。ジョッシュさんが上手く衝撃を逃してくれていなければ、大破していただろう。
しかし、ぐらぐらと揺れて身動きが取れないに俺達を狙って、追撃が加えられる。
「ちょ、それ反則!」
大型船の後部に付けられた固定機銃による銃撃がばら蒔かれ、更に船は揺らいだ。ダダダ、と銃弾が俺の頬を掠めて、ヒヤリとする。怖い。いつ当たっても可笑しくない状況だ。
「クソッ!無茶しやがる!」
「ここからどうする!?」
怒鳴るようにしてクリスとジョッシュさんが言葉を交わす。
「こっちから乗り込む!」
「わかった!しっかり掴まってろ!」
ジョッシュさんがいうや否や船を急発進させた。スピードが上がって何とか敵の弾幕から逃れて、一先ずは危機を脱する。
だが、こちらの思惑に気付いてか、あちらも船速を上げてきた。最高速を出して並ぼうとするが、中々追い付かない。この速度で万が一、ぶつかりでもしたら大事故間違いなしだ。
ドクドクと心臓が五月蝿いくらいに脈打って、ハンドガンを握る手に汗が滲む。
「よし!行くぞ!」
上手く並走したところでクリスが合図して、三人は大型船の後部に取り付けられた梯子をよじ登った。
◇
「さっさとくたばってりゃ良いものを!人の顔に泥を塗りやがって!あいつら、誰のお陰で計画が進めれたと思ってんだ……金を集めたのは、すべて俺様だぞ!」
船へと乗り込むと、アーヴィングは酷くイライラした様子で此方を睨み付けてきた。俺達が思い通りに倒されなかったのが、相当キてるらしい。
即座に照準をアーヴィングに向ける。
「どいつもこいつも……バカにしやがって……」
うんざりしたように吐き捨てて、アーヴィングは視線を手元に落とした。何か筒のような物を握っている。ここからだとそれが何かまでは判別できないが、ろくなものじゃないことは確かだった。
「諦めなさい!」
シェバが引き金に指をかけた時だった。
「え……何やって……?」
アーヴィングは徐に持っていた筒を自分の首筋に突き立てた。予想もしていない行動に俺は目を見開く。
誰も動けないまま呆然としていると、突然アーヴィングが苦しみ始めた。筒を取り落とし、首筋を押さえて膝をついて呻く。尋常ではない苦しみかたに、気がつけば俺はアーヴィングのそばに駆け寄っていた。
クリスとシェバの止める声なんて全然聞こえていなくて。
「だ、だいじょうぶ、ですか!?」
アーヴィングは確かに敵だけど。でも、やっぱり苦しそうな人は放っておけなくて。
肩に触れ、おずおずと顔を覗きこむ。
「……へっ……自分の心配したら、どうだよ」
薄い笑みとそれから、自分の腹部に走る軽い衝撃。一瞬、時が止まったような感覚だった。
"ナツキ"と俺を呼ぶクリスとシェバの声が喧しいくらいに脳内で反響して、冷たい汗が全身から噴き出す。
「──ぇ?」
ずぷ、と腹部から何かが抜けて、アーヴィングが霞んだ視界から消えた。何が起こったのかさえ理解できないまま身体から力が抜けて、甲板に倒れる。喉の奥から競り上がる異物を咳き込んで吐き出した。
──赤い。
口から零れ落ちたそれに俺はやっと自分の身に起きた事態を理解する。
痛い、いたい、痛いイタイあつい痛いいたい熱い──激痛に思考回路がぐちゃぐちゃになって、何とか酸素を吸おうと浅い呼吸を繰り返した。
「ナツキ!ナツキ!しっかりしろ!」
「くり、す……お、おれ……」
仰向けに身体を起こされて、顔を青くさせたクリスがぼやけた視界に映る。
「喋らないで!傷が……」
「しぇ、ば……おれに、かま、ず……あー、う"ぃんぐを……」
二人の背後で何かが蠢いているのがわかる。俺のせいで二人が殺されるのだけは嫌だ。震える指先でシェバの身体を押して、首を振った。
「……絶対死んじゃだめよ……」
二人は俺を戦闘に巻き込まれないように甲板の隅に移動させてから、アーヴィングの方へと向かっていった。
いつの間にか降りだしていた大粒の雨の冷たさが俺に冷静さを取り戻させる。
クリスとシェバの青ざめた顔を思い出して、我ながらバカなことをしたなと思った。二人に迷惑かけたくないのに何やっているんだろう。
雨粒がナツキの身体を濡らして、赤が滲んで消えていく。大怪我を負った割に思考は意外にもはっきりとしていた。さっきまで霞んでいた視界も今はクリアだ。
意外と人間って頑丈なんだな、なんて考えていたら、気がついたときには戦闘音は止んでいた。首だけを動かして、様子を確認する。まるで蛹のように手足が一体化したアーヴィングが甲板の中央に倒れていた。
「……、」
怠い身体をもたげて、俺は身体を引きずりながら歩み寄った。
「エクセラめ……二流品押し付けやがって」
苦々しげにアーヴィングは吐き捨てる。身体はもう人間の形をしていない。あちこちから肉塊が飛び出して、手足はなくなっていた。辛うじて顔と胴体の半分ほどは変化してはいなかったが。
「エクセラ?」
「この実験施設はどこだ?ウロボロス計画とは!?」
デバイスの画面をアーヴィングに突きつけて、クリスが怒鳴る。それでクリスとシェバの所属に目星がついたのだろう。アーヴィングはふん、と鼻をならして「BSAAか」と呟いた。
「めでたい連中だ。もうすぐ世界のバランスが変わるってのによぉ……」
「世界のバランスが変わる?ウロボロス計画の事ね!?」
鸚鵡返しにシェバが聞き返す。それにアーヴィングは愉快そうに笑みを浮かべた。
「今更知ってどうする?……手遅れなんだよ。ウロボロスが世界を変えちまう」
疲れたように大きく息を吐き出して、それからアーヴィングは俺を見る。クリスとシェバもつられるように此方に目を向けた。
「お前にゃ悪い事したな……代わりに一つ教えてやる。お前はウロボロス計画の一端を担ってるんだ」
「どういう、意味……?」
ツキン──と頭に鋭い痛みが走る。倒れるようにアーヴィングの側に膝をついて尋ねた。
「そのまんまだ……全ての答えはこの先の洞窟にあるぜ──がはっ!」
「アーヴィング!!」
身体を大きく痙攣させるとアーヴィングはそのままどろりと溶けて消えた。少しだけ残ったアーヴィングだったモノに、ナツキはくしゃりと顔を歪めて目をそらした。
「これからどうするの?」
「とにかく先に進むぞ」
背後でそんなやり取りが交わされているのを聞きながら、俺はノロノロと立ち上がった。頭の中でずっとアーヴィングの言った言葉が渦巻いている。
ぐるぐるぐるぐる。けれど、その答えはナツキの中にはなくて。
血にまみれた手のひらを見つめて、俺は静かに嘆息した。
「ナツキ、体は大丈夫なのか?」
「まあ……何とか」
血塗れになった服のせいで、酷い傷に見えるが見た目ほど痛みは感じない。というか、どういうわけか動き回っても支障がない程度には回復している。
ほら大丈夫、と両手を広げたら、クリスは安堵したように表情を緩めた。
「心配したんだからな!」
「いったぁーーー!!」
ばしんっと手加減なく肩を叩かれた衝撃で、折角治まっていた痛みがぶり返す。悲鳴を上げて、涙目になりながらクリスを睨む。
「何すんだ、ばかーーーー!!」
ぎゃあぎゃあと騒がしくじゃれあう俺達を見て、シェバは苦笑を浮かべていた。
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