- ナノ -



ジョッシュさんと別れ、先へと進むと大きな運河が見えた。湿気のある風が頬を撫でる。

俺達の目的はアーヴィングを追跡し、捕らえる事。施設を爆破させるつもりなら、アーヴィングも脱出しようとしている事は推察できた。

施設に見合う左右に伸びた規模の大きな桟橋の突き当たり。一際大きな船の甲板にアーヴィングの姿があった。

「いたわっ!」

桟橋を走り抜け、船に詰め寄る。ナツキ達がアーヴィングの船に辿り着いたタイミングで、船の脇のモーターボートに黒いコートを羽織った仮面の人間が飛び乗っていた。理由は分からないが別々に逃げるつもりのようだ。

「あいつは……」

呼び止める間もなく、仮面の人間はモーターボートを発進させていた。水飛沫を上げて遠ざかるそれを睨む。もう少し早ければ、とも思うが今はアーヴィングだ。

「いいところに来たな!」

此方に気づいたアーヴィングはぱちんと一度手を打ちならした。

「これからイカした"ショー"の始まりだ!楽しんでけ!」

演者のように仰々しく両手を広げて、下卑た笑みを浮かべる。鼻につくその不快な仕草にナツキは眉間にシワを寄せて、アーヴィングを睨み付けると「おぉ、怖い怖い」なんて言いながら肩を竦めた。

「じゃ、俺は一足先に逃げさせてもらうぜ?」

ひらりと手を振り、合図をひとつ。俺達を残してどこかへと去っていった。待て、とクリスが叫んだが、アーヴィングが待つわけもなかった。

「クソッ!」

クリスが苦々しげに悪態をつく。だが、悠長にしている時間もあまりなかった。

背後から雄叫びが聞こえて、空気がざわめいた。またマジニの襲撃だ。武器を手に桟橋を走ってくるのが見えてナツキ達は身構えた。

これからここは爆破されるってのにマジニには関係ないらしい。それを考えたら意思のないマジニは確かにいい駒だとは思う。胸糞は悪いけど。

『三人とも、聞こえるか!脱出用のボートを確保した!反対側の桟橋にいる!急いでこっちに来い!』

通信機からジョッシュさんの声が聞こえた。少ししか離れて居なかったのに無事で良かった、と安堵する。

行く手を遮るマジニをクリスがショットガンで一掃し、ナツキとシェバが取りこぼしをハンドガンで狙う。そうしている間にも油田施設は小規模の爆発を繰り返していた。タイムリミットは刻一刻と近づいているようだ。あまりもたもたしている暇はない。

アーヴィングの言う"イカしたショー"とやらはこれのことらしい。楽しくもないし、悪趣味にも程がある。やっぱりあの男、大嫌いだ。

桟橋を駆け、ジョッシュさんの待つ所まであともう少し。疲れた下肢に力を込めてラストスパートをかけた。

「ナツキ!ストップ!!爆弾があるわっ!!」

「んのぉおおおう!!!?」

シェバの鋭い注意にナツキは身体を"く"の字にしながら急停止した。身体すれすれの所にワイヤーがある。後一秒遅かったら、ナツキの身体は爆弾で木っ端微塵になっていただろう。肉片になる自分を想像してさっと血の気がひいた。

「あ、あぶ……あぶなぁああ!?」

ずざざっとワイヤートラップから遠ざかって、ナツキは胸元を押さえる。心臓がバカみたいにバクバクと脈打ち、全身から冷や汗が噴き出した。

こんな罠を仕掛けるなんてマジニの癖に姑息な真似をしてくる。妙に知恵があるのも嫌な感じだ。しかもよくよく見れば罠はひとつだけじゃなく、奥にも幾つか設置されている。

「ふ、ざ、け、ん、なー!!」

タタタァン、とハンドガンで爆弾を撃ち抜き、爆発させて、強引に罠を解除した。よしこれでジョッシュさんの元まで行ける。

階段を駆け下りて、先に急ぐ。シェバがマシンガンをばら蒔いて背後に迫るマジニを牽制する。だが、奥からも更にマジニが迫っているのが見えた。キリがない。

「手榴弾を投げる!二人は先に行け!」

「わかった!」

口でピンを抜くクリスを横目にナツキとシェバは走った。

「こっちだ!急げ!」

マジニの追撃を何とか退け、ジョッシュさんに促されるままにナツキとシェバはモーターボートに飛び乗った。少し遅れてクリスが乗り込み、それと同時にジョッシュさんはエンジンを掛けた。

低く唸りながら、水飛沫を上げて船は油田施設から離れていく。遠ざかっていく施設を見つめていると、地鳴りのような轟音が響き、施設はあっという間に崩壊し炎に包まれた。

「あんなに大きな建物が一瞬にして無くなるなんて……」

まるで映画の撮影を見ているような気分だった。でも頬を撫でる熱気が、全身に伝う感覚が、それを紛れもない真実だと告げている。

「都合が悪くなると爆破して逃げる。奴らの常套手段だ」

「そう、なんだ……」

常套手段というのだから、こういう事は一度や二度ではではないのだろう。自分の知らない所で度々こんな事が起こっているのだと知ったら、背筋が寒くなった。





ボートに揺られながら、ナツキは水面を眺める。油田施設から離れたナツキ達は一度ボートを止めて運河の真ん中で話し合っていた。

「で、アーヴィングは?」

ジョッシュさんに切り出されて俺達は顔を見合わせた。そしてそろりと視線を反らす。三人の様子に結果が芳しくなかったことを悟ったらしく、ジョッシュさんは軽く頷いた。

「そうか。だが、まだ遠くへは行っていない筈だ」

「……すまない」

申し訳なさそうにクリスがぼそぼそと謝罪した。あの状況ではどうにもならなかった。ジョッシュさんもそれを分かっているのだろう。気にするな、と笑った。

「とりあえず、またアーヴィングの捜索だな」

ボートを動かすためにジョッシュさんが操縦席に移動した時だ。ボートの縁に火矢が刺さった。ハッとして全員が顔を上げる。

「うっそぉ、まだくる?」

まだ距離はあるが、そう遠くない所でナツキ達と同じくモーターボートに乗ったマジニがいた。ボウガンを構えて、此方に狙いを付けている。
施設は爆発したのに、それでもなお追ってくるしつこさにナツキはげっそりとした。

「逃げるぞ!援護を頼む」

ジョッシュさんが即座にエンジンを掛けて、急発進させる。ぐん、と身体が後ろに引かれて倒れそうになったが、何とか踏ん張って耐えた。姿勢を整えて、ハンドガンを構える。

「…………んんんん……ね、ら、い、に、く、いぃいいいいい!!!」

猛スピードで動く足場。その上相手も動いている。中々狙いが定まらない。「んもぉおおお!!」と牛のように喚きながら、ナツキは此方に飛んでくる火矢を撃ち落とした。

クリスとシェバがライフルでマジニを狙い打つが次から次へと追っ手が来る。相変わらず数だけは多い。ゴキブリみたいだな、なんて考えていたら、すぐ近くで激しい爆発音と水柱が上がった。

「うわっ!?」

大きく揺れた船体に足をとられそうになりながら、周囲を確認する。ダイナマイトを投げつけてくるマジニの姿を捉えた。

ドドン、と船の両側でダイナマイトが爆発する。

「ぎゃーーー!!落ちるっ!!!」

激しい揺れに耐えきれず、ぐらりと身体が傾いた。船から放り出されそうになって俺は上半身を全力で捻る。

──ゴッ!

「い"っでぇえええええ!!!?」

落下は何とか阻止したが、無様に転がって船の縁で鼻頭を強かに打った。激痛に身悶えしながら、鼻を擦る。痛すぎて涙がちょちょぎれた。
クリスとシェバが必死で銃を撃っているけど、そんなことよりも俺の鼻が一大事だ。心の中で"いってぇぇ!!"と叫びまくりながら、半泣きの状態で踞る。

「おいおい……大丈夫か?」

心配と、少しばかりの呆れを含ませてジョッシュさんが尋ねてきたが、それに反応出来るほどの余裕は俺にはなかった。


鼻……折れてないよね……?




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