- ナノ -



三人で協力してやっとの思いでチェーンソーマジニを倒した。協力、といってもナツキは囮になって走り回っていただけだが、高低差のある建物を駆け回るのはとてつもなく疲れた。肩で息をしながら、額に伝う汗を拭う。

ナツキとは対照的に息切れひとつしていない二人が何だかムカつ──じゃなくて、羨ましい。ついうっかり漏れそうになる本音を押さえて、ナツキはふぅ、と息を吐き出す。

一騒動あったが、道を塞いでいた炎は消えた。これでようやっとアーヴィングを追える。

「よし、行くぞ」

危険表示マークが付けられた赤い鉄製の扉を開けて、ナツキ達は建物内に侵入した。どうやらここは倉庫のようだ。広い空間に幾つか樽や、土嚢といった資材が置かれている。周囲を警戒しながら足音を立てないように細心の注意を払う。緊張でハンドガンを握る手に汗が滲んだ。

誰もいない無音の空間。三人の息遣いさえ、聞こえてきそうな静かさだった。

「──っ!」

だからこそ金属の擦れる微かな音もよく聞こえた。シェバが即座に振り返り、銃を突きつけて音を立てた主を睨み付ける。ナツキも数秒遅れて、それに倣った。が、その先にいたのは見覚えのある人物だった。

「……ジョッシュ!?」

「シェバ!?」

互いに生きていた事に驚いた様子で目を丸くしていた。こんな状況ならいつ死んでもおかしくないし、生きて会えること自体が奇跡と言っても過言ではない。

「生きてたのね。大丈夫!?でも、どうしてこんな所に?」

「港での戦闘中に捕まってこの様だ」

「え、それでよく生きてましたね……」

「ま、こう見えて悪運だけは強いからな。ところで他の連中は?」

そうジョッシュに切り出されて、ナツキ達は顔を見合わせてから視線を落とした。

デルタチームは皆あの巨人に殺された。目の前で起きた突然の死を信じることが出来なくて、あの時の記憶は曖昧だ。けれど、殺された瞬間だけは焼き付いたテレビのように脳裏にこびりついている。肉の潰れる音、全身を濡らす赤、鼻先を掠めた生臭い血臭──俺は何も出来なかった。

「クソッ!」

三人の暗い表情でデルタチームの運命を悟ったジョッシュさんは悔しそうに悪態を吐き捨てた。

「もう私たちだけなの」

「何故撤退しなかった!?こんな状況じゃ……」

確かにジョッシュさんの言う通り、たったの四人でどうにか出来る状況ではない。撤退して体制を整えて、改めて突撃するのが普通だろう。でも、それじゃあ遅すぎる。世界が闇に覆われてしまう。

それを止めるためにも撤退なんて出来ない。

「まだやることが残っているんだ」

「駅で貰った情報に実験施設の画像があったでしょ。そこにクリスの仲間がいたの」

「仲間が?」

「アーヴィングを捕まえて、その事を確かめる──」

お喋りできる時間はそう多くはなかった。何者かの足音が聞こえたと思ったら、入口の防火シャッターがけたたましい音を立てて閉まり、わんわんと反響するその音と共にマジニが窓や扉から突撃してくる。

「話は後だ」

ジョッシュさんの言葉に頷いて、各々の銃を構えた。ビール瓶を片手に向かってくるマジニをクリスが迎撃し、二階から飛び降りてきたマジニをシェバが撃つ。そして、ジョッシュが背後から忍び寄るマジニを仕留めた。

(俺もやらなきゃ……)

唾を飲み込み、銃のグリップを握りしめる。そこかしこから聞こえる理解出来ない言語の怒声に、心臓がきゅと萎縮した。

物陰から飛び出してきたマジニに真っ先に気づいて、ナツキは即座に引き金を引く。

「援護を頼む!」

ジョッシュさんはそういうや否や、エレベーターの横に制御盤に飛び付いて操作を始めた。この階の出入口は封鎖されているけれど、上からならまだ何とかなるかもしれない。
上階のキャットウォークに目を走らせて、ナツキはジョッシュさんの傍に付く。その周りをクリスとシェバが囲い、マジニを迎え撃った。

タァンタァン、と銃声が重なり、耳が痛くなるほど室内に反響する。視界の端でジョッシュさんが必死にキーを叩き続けていて、エレベーターのロックの解除にはまだ暫くかかりそうだった。

「まだか!?ジョッシュ!」

「もう少しだ!」

その声を聞きながら、ナツキは気持ちを引き締めてハンドガンを持ち直す。

「うがぁああああ!!」

「──っ!」

クリスとシェバの銃撃を掻い潜ってきたマジニが雄叫びを上げて手斧を振りかざしてきた。運のいい奴、と思いながらいつも通り引き金を引く。

カゥン──

引き金を引くまではよかった。しかし、銃口から飛び出したのは鉛弾ではなく、軽い音のみ。

「……は?」

もしかしなくても:弾切れ。
それを理解するのに暫し、時間が掛かった。

「よし!ロックが解除できたぞ!」

「お、おわあっっ!?っぶね!?」

呆然としている所にジョッシュさんの声が飛び込んできて、はっと我に返る。手斧を持ったマジニはもう目と鼻の先で、俺は跳ねるようにしてその場から退いた。
刃先が前髪を掠めて、全身から冷たい汗が吹き出す。後一歩逃げるのが遅れていたら、頭をかち割られていただろう。

バクバクと脈打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返しながら、ナツキはエレベーターに飛び込んだ。クリスとシェバがその後に続き、最後に手榴弾を投げてマジニを一掃した。





妨害をされずに閉まったドアを見て、胸を撫で下ろす。だが、まだ安心はできない。機械がワイヤーを巻き上げる音を聞きながら、ナツキはクリスに声をかける。

「クリス、弾ちょーだい」

「ん?あぁ……ほら」

ウエストポーチから赤い箱を受け取り、取り出したマガジンにモタモタと弾を込めた。まだまだ下手だが、これでも最初よりは早くなった方だと思う(当社比)。余った弾はポケットに押し込んでおいた。

ナツキの装備を整えたと同時にエレベーターが到着を知らせる音を鳴らして、動きを止めた。

「急ぐぞ!」

「ちょっ……置いてかないで!」

ドアが開ききるよりも前に三人は飛び出していく。一足遅れながらもナツキもその後を追いかけた。
キャットウォークにはすでにマジニがボウガンを手に待ち構えていたが、先頭を走っていたジョッシュさんはそれを素早く排除して梯子を登っている。流石BSAA、見惚れるほど鮮やかな手際だ。だが、それに感動している暇はなかった。

軽々と梯子を登っていく三人についてナツキも続く。たかが三メートル。されど三メートル。二の腕の使ったことのない筋肉がキリキリと悲鳴を上げた。

「しんど……」

最後の一段を何とか登りきり、ひぃひぃと息を吐き出す。帰宅部の体力なんてこんなもんだ。ふたりと出会ってから高いところから飛び降りたり、走り回ったり。我ながらよくここまでついてこれたと思う。二人がいたからとはいえ、ある意味生きているのも奇跡だ。

「……って皆はやっ!?」

先行していた三人はすでに向かい側の通路まで進んでいる。こんなところに置いていかれたら死ぬ。間違いなく、死ぬ。一巻の終わりだ。一息つく間もなく、ナツキは必死に走った。

「クソッ!ここもロックされてる!」

突き当たりの扉もどうやらロックされていたらしい。ジョッシュさんの苦い声が聞こえてくる。敵も本気でこちらを潰そうとしてきているようだ。

高低差のある通路を飛び降りて、また梯子を登る。腕の筋肉がぷるぷるしていて、腕を上げるのさえ苦痛だ。

キュインッ──

背後から聞こえてきた嫌な音に身体が硬直する。梯子の中間でナツキは恐る恐る背後を確認して、後悔した。

「ひぃえええええ!!!」

この時ばかりは筋肉痛なんて忘れた。全身全霊で梯子を駆け上がり、即座にハンドガンで此方に向かってくるチェーンソーマジニと追加で現れたマジニを狙撃する。普通のマジニはともかくチェーンソーマジニはハンドガンではとても止めることは出来なくて、徐々に此方に近づいてきた。もう梯子の真下だ。

(梯子登るんならチェーンソーマジニでも狙い撃てる……)

ハンドガンの残弾を確認して、ナツキは眼下のチェーンソーマジニに狙いをつけた。のに──

「は?」

ぴょーん、とウサギもビックリな脚力で跳ねて、そして目の前に着地。

「はあああああ!?そんっ……そんな跳べる!?嘘だろ!?」

確かにチェーンソー持ったままどうやって梯子登るんだろうと思ってたけども。まさかのショートカット。ずるい。

吐息さえも感じられそうな近さで、ナツキとチェーンソーマジニは暫し見つめあった。

「………………」

「………………」

「…………ひぇ……」

トゥンク──そして始まるラブストーリー……じゃなくて、バックステェェェップ!!
チェーンソーが振り下ろされるよりも先に後退して距離を取る。そして牽制するようにその胴体へ銃弾を叩き込む。しかし相変わらずハンドガンでは大したダメージは与えられていないようだ。

「ナツキ!ロックが解除できたわ!早くこっちに!」

「わ、わかった!」

マグナムを使うべきか──と考えて、手を伸ばそうとした矢先に呼ばれて、ナツキはすぐに回れ右をした。チェーンの回る甲高い音が聞こえたが、振り返らずにクリス達の元に急ぐ。

「ナツキ!急げ!」

扉を開けて待つ仲間の元へナツキは転がるようにして駆け込んだ。扉前で待機していたジョッシュさんが滑り込むと同時に勢いよく扉を閉めた。
扉を隔てた向こう側でチェーンソーのぶつかる激しい音が聞こえたが、破ってはこれないようだった。何とか窮地を脱して息を吐き出す。

「大丈夫か?」

「なんとか……」

折角乾いていた服がまた汗で濡れて、気持ち悪い。うへぇ、とじっとりと湿った服を扇いだ。

「アーヴィングはここを爆破させて逃げるつもりだ」

「爆破!?」

爆破なんて穏やかではない単語に、ナツキは驚き目を丸くする。「あぁ」とジョッシュさんが頷いて、言葉を続けた。

「俺は脱出経路を確保する」

「俺達はアーヴィングを追う」

互いの目的を確認して、頷きあう。またジョッシュさんと別行動にはなるが、効率を考えれば致し方ない。俺が一人側だったら、絶対嫌だけど。

「あぁ。頼んだぞ」

ナツキ達から離れ、別の扉へと向かうジョッシュさんに気がついたら「あの!」と声を掛けていた。

「どうした?」

「あ……えっと……」

呼び止められたジョッシュさんが不思議そうに聞き返してきて、俺はしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。

「気をつけて。また後で必ず合流しようね」

これ以上誰も失いたくない。その一心で。

ジョッシュさんは少し目を見開いて、それからゆっくりと目を細めた。

「あぁ。ありがとう……また後でな」

今度こそジョッシュさんは扉の奥へと消えていった。


prev mokuji next