原住民の集落を抜けると、幾つかのテントを見つけた。人気はないが、誰かしらがこの辺りで何かしようとしていた事は確かだ。
「んー……とらいせる、でいいのかな?」
テントに印字されたアルファベットを読み上げた。緑色の五角形が三つ組み合わさったロゴが描かれている。ナツキは見たことがないが、クリスとシェバは心当たりがあるのか神妙な面持ちだ。
「BSAAのスポンサー企業の一つよ。どうしてこんなところに……?」
そんな呟きを聞きながら、テントの中を確認する。幾つかの資材は残されてはいたが、使えそうなものは殆ど無く、ベッドサイドに置かれていた新品の救急スプレーだけ拝借しておいた。
二人が残されていた書類を確認したりしている間、ナツキはぼうっと次に行くだろう先を眺める。油田施設に立つ鉄塔の先から黒い煙がもうもうと出ている。近くの村がああなっているというのに、施設だけはまだ動いているのはやっぱりここの施設もまた黒いから、なのだろう。
「さ、行きましょ。油田施設はそこよ」
テントの場所から油田施設はシェバの言う通り目と鼻の先だった。施設の周りには侵入者を拒むように高い外壁が取り付けられていて、中の様子は窺えない。だが、独特の石油の臭いだけは外側からでも確認できた。長く嗅いでいると気分が悪くなりそうなその臭いにナツキは鼻を摘まむ。
「ここが油田か……アーヴィング、もう逃がさんぞ」
長かったがようやっとアーヴィングに追い付ける。さっきは第三者の乱入で惜しくも逃したが今度こそは、必ず。
三人は顔を見合わせて力強く頷いて、施設の青い扉を開けた。石油の臭いが強くなる。さっと二人が銃を構えて周囲を見回した。
施設の奥の階段。そこを悠長に上がっているのは──アーヴィングだ。
「アーヴィングめ!やっと見付けたぞ!」
クリスが忌々しそうに睨んだが、アーヴィングの周囲にはマジニがいて辺りを警戒している。今攻撃を仕掛けてもまた逃げられる。静かに、着実に距離を詰めるべきだ。俺達はアーヴィングの姿がそのまま奥の扉に消えていくのを指を咥えて見ているしか出来なかった。
「……行くぞ」
やや間あってクリスが言った。
一歩を踏み出した瞬間、マジニに気付かれてあちこちからマジニが飛び出してくる。恐らくここの警備も任されているのだろう。マジニの手にはボウガンやダイナマイトと、武器が握られていた。
「またかよ……」
度重なる襲撃にはナツキもうんざりだ。けれど、殺るしかない。ハンドガンを構えて迎撃する。端から一、二、三……いや、やっぱり数えるのは止めた。
「ナメんなよっと!」
こちらを目掛けて飛んできたボウガンの矢を撃ち落とし、そのままボウガンを握るマジニを撃ち抜く。横から現れたマジニをクリスがぶん殴って倒して、シェバはマシンガンを散らばらせて敵の歩みを牽制する。
それなりの時間を共にして、三人の息はピッタリだった。雑魚を倒すくらい造作もなく。ものの数分で施設内の敵を一掃した。
さぁ、先に進もう。と、したところで問題発生。高火力のガスバーナーよろしく、ガス管から吹き出た炎が行く手を塞いでいる。少し近づいただけでも恐ろしい程の熱気が皮膚を焦がしてきて、とてもじゃないが通れそうにない。
炎を見ているときゅっと心臓が縮む。生物的に恐怖を感じて、俺は距離を取るように数歩後退した。
「どうするの?」
「奴が進めてるんだ。どこかにガスを止める仕掛けがあるはずだ」
梯子を登り、高台から周囲を見回すと、行きづらい場所にバルブハンドルが取り付けられていた。
「あそこね」
ロープリフトを使わなければハンドルの元には行けないようだ。わざわざ面倒な作りになっているのは侵入者防止のためだったりするのだろうか。
リフト前に移動して、眼下の風景を眺める。思っていたよりもやや距離もあるし、リフトはそこかしこが錆び付いていて頼りない上に、滑車がひとつしかないため一人ずつしか移動できない。もし襲われでもしたら──。
誰が一番手になるのか、と二人を見たらシェバがにっこりと笑って肩を叩いてきた。
「ナツキ、よろしくね」
「……はい」
どこか圧を感じる笑顔に拒否権はないと悟った。もうどうにでもなれ。幸い周囲に敵の気配はない。半ばやけくそで滑車の持ち手を掴んだ。空を切り、ロープを伝って滑り降りて対岸に飛び降りる。
「よし、大丈夫そう」
赤いペンキで着色されたバルブハンドルを力一杯回す。かなり硬い。回しきるのには時間がかかりそうだ。
キュイン──
嫌な音が聞こえた、ような気がする。視界の端を過った長身の影は嘘だと言ってくれ。見間違いじゃなければ、チェーンソーが見えたような気がするのは、気のせいじゃないような気がしないでもない気がする。
震える手を押さえつけて、ハンドルを全身全霊で回しきった。と、同時に隣に生暖かい気配を感じて、ナツキはそろそろと顔を上げる。
「のぉおおおおおおおおぉう!!!?」
考えるよりも先に身体が動いた。ハンドルから跳ねるように飛び退く。振り下ろされたチェーンソーが激しい音を発しながら、ハンドルを切り落とした。逃げるのが遅かったら、首と胴体がおさらばしていたところだ。
「ナツキ、逃げろ!」
「ちょ……!!」
振り返ったら、クリスは対岸でライフルを構えている。何で二人ともこっちに来てないの!?という言葉は飲み込んで、ナツキは恨めしげな視線をクリスに向けて、その場から脱兎の如く逃げ出した。
◇
チェーンソーの鋭い音が背後から聞こえる中、ナツキはガンホルダーからいつぞや拾ったマグナムを取り出した。あいつに対抗するにはこれくらいじゃなきゃ、倒せない。シリンダーの中を覗いて残弾を確認する。
三発だけ、残っている。
数は少ないが、マグナムの威力なら十分だ。シリンダーを戻して、チラリ、と背後を確認して──後悔した。
布に隠れて表情は見えないはずなのに、恐ろしい形相が浮かんでいるように見える。でもやらなくちゃ。踵を返し、チェーンソーマジニと向き合った。深呼吸をして息を整えて、狙いをすます。
一発も無駄に出来ない。
だから慎重に、引き付けて、撃つ。
「ナツキ!」
シェバが駆けつけるのと、ナツキが引き金を引くのは同じタイミングだった。どん、と強い衝撃と共に飛び出した弾丸はチェーンソーマジニの頭を吹き飛ばす。夥しい血を撒き散らしながら倒れて動かなくなったチェーンソーマジニの死体を見下ろして、ナツキはふぅと息を吐き出した。
「ちょっと!マグナムなんていつの間に!?」
「あ。あぁ〜、と……集落で……」
もごもごと答えながら、未だ痙攣する腕を背中に隠す。それを見た途端シェバの目が鋭くなった。
「待って、腕を見せなさい!」
「いっ……!」
掴まれた腕に鈍痛が走り、思わず声が出る。マグナムを拾ったのを黙っていた上に、勝手に使ったのだ。怒られるのが怖くてナツキは俯いた。
「……いい、よく聞いて?これ以上マグナムは使っちゃだめよ。反動で腕を痛めるわ」
予想に反して、耳に届いたのはナツキを心配する優しい物で。ナツキはおずおずと顔を上げて、ぼそぼそと謝罪した。
「ごめんなさい……」
「あら、どうして謝るの?」
「どうしてって……迷惑、かけた……」
「迷惑なんかじゃないわ。だからナツキは謝らなくてもいいの」
ぽん、と頭を撫でられた。あまり感じたことのない擽ったさにナツキは情けない表情を浮かべてシェバを見つめる。
「マグナムはどうしようもないときにだけ使って。私達がいなくて大変って時に、ね」
手の平に乗せられたのは銃弾。言うまでもなくそれはマグナムの弾だ。きょとり。6つの銃弾を見つめて目を瞬かせる。
「いい?絶対よ?それ以外は使っちゃ駄目」
「……うん。約束する」
弾を握りしめて、ナツキは頷いた。重いマグナムがより一層重く感じた。
シェバと約束を交わして、さあ先に、とはいかなかった。進むためにはもう一つ炎を消さなければならないようだ。勢いよく噴出する炎を見て、ナツキは小さくため息をついた。
炎を止めるには先程と同じ様にロープリフトに乗らなければならず、同じシチュエーションともなれば奴が出てくる可能性も高い。二度もあの恐怖を味わうのは断固拒否だ。
「次はクリスが行ってよ」
「だが……」
「さっきは!!俺が!!行ったんだから!!順番!!!」
力一杯言うとようやっと、しぶしぶロープリフトに向かってくれた。対岸に着いたクリスがバルブハンドルを回せば、無事行く手を阻んでいた炎が消える。
存外、何も出てこなかった。安心して俺も向こうに、とロープリフトの滑車を掴んだ──時だった。
あの"音"が鼓膜を叩いた。
「え"っ……」
さぁっと顔から血の気が失せる。滑車から飛び降りたのと、目の前にチェーンソーマジニが着地したのは同じだった。
神様、俺は何か悪いことをしたでしょうか。
涙目になりながら、回れ右をする。そばにいる筈のクリスはすでに距離を取っていて、更に涙がちょちょ切れた。反射的にマグナムを取り出しかけて、ついさっきの約束を思い出して止める。
クリスとシェバもいる。
だから、これを使うのは今じゃない。
ナツキは代わりにハンドガンを構えた。
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