- ナノ -


地を揺るがすような爆発音が連なり、工場内は一瞬にして赤に染まった。アラートが鳴り響き、崩れていく地面と壁に私はよろめきながら走っていた。

クリス・レッドフィールド。あの男がしてやってくれたらしい。最下層から順繰りに仕掛け爆弾が作動して、あちこちを無遠慮に破壊していく。何とか運良く爆風を避けて生き延びてはいるが、工場から脱出せねば死は免れない。
私が死んでハイゼンベルク様が必ず生き延びてくれるのであれば喜んで工場の瓦礫の下敷きになるが、そうでないなら私は生きなければならない。ハイゼンベルク様のために。

「あぁ……やはり壊されていますね」

脱出を防ぐためだろう。メインエレベーターは他よりも激しく破壊されていた。苦々しげに舌打ちをして踵を返す。どこかで出火したらしく、有毒物質を含んだ焦げた嫌な臭いが漂ってくる。もたもたしていたらミンチになるよりも先に焼き肉だ。

縺れそうになる足を必死に動かして階段を駆け上がる。すでに息は切れて、体力は底をつきかけていた。こんなことなら普段から運動して体力を付けておくべきだった、なんて後悔を心のどこかでしながら、地下二階にたどり着いた時だった。

「──っ!?」

ずどん、とすぐそばで爆発が起きて、私の身体はいとも容易く吹き飛んだ。壁に打ち付けられて息が詰まり、痛みに動けなくなった。壁が崩れ、天井が部屋の端から落ちてくるのが見えた。

逃げろと頭は命令を出しているのに、身体は痛みで動かない。徐々に迫りくる崩壊を私はただ見つめていることしかできなかった。

死まで秒読み、僅か──という所で、何者かに乱暴に身体を掴まれ、立ち上がらされたと思ったら、突き飛ばされた。膝を打ち付けたが硬直からは復帰する。はっと顔を上げてその"何者か"を確認した。

「アイン、さん……!!」

赤く煌々と制御核を光らせて、ゾルダート・アインは此方を見下ろしていた。感情など無い筈なのに、どこか満足そうな雰囲気で。

そして、そのまま、呼ぶ間もなく、アインは瓦礫に押し潰された。茶色っぽい体液が瓦礫の隙間から漏れ出てくる。そしてそれも連なる瓦礫に隠れて見えなくなった。

「そんな……どうして……」

呆然と呟く。だが、立ち尽くしている暇はない。私は歯噛みしながら、何とか地上へ上がれる場所を探して駆け出した。





はぁ、はぁ──荒い呼吸をしながら、頭上の瓦礫を押し退けた。ようやっと外の冷えた空気を吸えた。衣服はあちこちが破け、酷い有り様だが、何とか生きている。

身体を引き摺るようにして瓦礫の隙間から抜け出した。周囲は静かで、物音ひとつしない。何もかも終わってしまったのだろうか、ミランダの儀式でさえ。いや、まさか。
傷だらけの身体で何とか立ち上がった。空はまだ薄暗かったが、東側は微かに明るくなっている。もう間もなく夜明けのようだ。一歩踏み出す度に身体が軋んだ。白い吐息を漏らして、辺りを見回した。工場前の雑草だらけの平地は荒れ果て、金属製の瓦礫が折り重なっている。惨状からしてかなり大きな戦闘があったことはうかがい知れた。

「ハイゼンベルク様……」

震える声で主人の名前を呼ぶ。だが、その声に反応する者はいない。やはりイーサンに殺されてしまったのか──例え私が願ったとて、それをイーサンが聞き入れる理由もない。

それでもなお、繰り返し呼び続けた。

「……ハイゼン、ベルク……様、何処ですか……?」

結晶化した遺体を見るまでは生きていると信じていた。それが例え淡い期待で、望み薄だったとしても。

痛みを堪えて、私はゾンビのように身体を引きずりながらハイゼンベルク様を探した。

──そして、見つけた。

巨大な金属のパーツの下で血を流して倒れていた。私は痛みを忘れてハイゼンベルク様の側に膝をつき、容態を確認する。結晶化はしていない。触れた頬は冷えていたが、微かに熱を感じる。

(生きている……)

生きていた。その事実だけで私の心は身体は喜びに打ち震え、瞳の奥はじわりと熱を持つ。瞳を薄い膜が覆い、視界が曇る。

「ハイゼンベルク様……もう朝が来ますよ。起きてください」

いつも通りの朝のように肩を軽く叩いて、起床を促した。いつもと違うのはここがベッドでも、作業場でもなく、外だということだけだ。

早く、はやく目を開けて、その瞳に私を映して欲しい。なんて胸によぎる年若い女のような感情に自嘲しながら、再度肩を叩いた。

「ハイゼンベルク様……!どうか……起きてください」

必死の呼び掛けにハイゼンベルク様が身動ぎした。瞼が震えて、グレイ・ダイヤモンドが顔を覗かせる。二、三度瞬いて、私の顔を見るなりハイゼンベルク様はニヤリといじわるく笑った。

「はは……何だ、泣いてやがんのか?」

「当たり前ですよ……貴方が居なくなったら私は死んだも同然なのですから」

「……テメェより先に死ぬことなんかねぇから安心しろよ」

「死にかけたのはどこのどなたですか?」

「そりゃお前もだろ?」

そう言われて、私は「あ」と言葉を漏らす。ハイゼンベルク様の事しか頭になくてすっかり忘れていたが、自分自身もそういえば死にかけていた。

「……まあ、お互い悪運だけはあったみてぇだな」

鼻で笑いながら、ハイゼンベルク様は身体を起こす。本調子ではなさそうだったが私よりかはずっと元気そうで、私は涙を浮かべながらもつられるように笑った。

「あー……何もかも失っちまったな」

すっかり崩れ落ち、スクラップと化してしまった自らの工場を眺めて、ハイゼンベルク様は吐息を漏らす。工場も機械兵も何もかも失くなった。けれど──

「……生きています。生きてさえいれば、何でも出来ますから」

「そうだな。あのクソババアも死んだみてぇだし、これからどうするかな」

「普通に暮らしましょう。仕事して、遊んで……普通の人らしい日々を」

「あぁ。それも悪くなさそうだ」

朝日が微笑むように私たちを暖かく照らしていた。


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