side:Ethan
あのふざけた男──カール・ハイゼンベルクからの取引を突っぱねた結果、工場の下層に突き落とされ、更にはプロペラ男に追われ、今現在も腐臭と機械油の臭いを漂わせる化け物共に襲われている。機械で身体を強化されている分、頑丈で手強い。何とかパイプ爆弾やショットガン等、高火力の武器で対抗しているが、爆発物も銃弾も限りがある。何故か大型貨物用エレベーターの中で商売をしているデュークがいなければ、イーサンはとっくの昔に奴らになぶり殺されていただろう。
「クソッタレ」
あの男の顔を思い出して、イーサンは腹立たしげに吐き捨てた。訳のわからないままクリスに襲撃され、ミアを殺されてから散々な目に遭いっぱなしだ。ダルウェイの事件以降の自分の不運にはつくづくうんざりとする。
フラフラと曲がり角から現れたハウラーをハンドガンで撃ち殺して、大股で先へと進む。ローズを助けなければいけないのだ。こんなところで足止めを食っている暇はない。そんな思いとは裏腹に工場内は薄暗い上に複雑に入り組んでおり、思うように先へ進めない。
狭い通路を塞ぐように立つ腕がドリルのゾルダートを見つけて、イーサンはショットガンに持ち変えた。胸元で赤く光る急所に狙いをつけて引き金を──
「待て!攻撃を止めなさい!」
わんわんと反響するハイゼンベルクとはまた違う男の声に、思わず引き金から指を離してしまった。
(しまった……!)
目の前でドリルを振り上げているゾルダートの存在を思い出す。もう奴は手を伸ばせば届く距離にいた。
確実に避けきれない。反射的に腕で顔を庇う。次に来るだろう攻撃に歯を食い縛った。
「アインさん、攻撃しないで。彼と話をさせて欲しいのです。さぁ私の後ろへ下がって」
また声が聞こえて、目の前の気配が遠ざかる。驚いた。あの化け物が言うことを聞いて下がっていく。そしてゾルダートの影から見えたのは身嗜みの整った初老の男だった。少なくともイーサンの記憶にはない。初対面の男だ。化け物ばかりのこの場所には似つかわしくない程、その男は普通だった。
「誰だ、お前は?」
「私はハイゼンベルク様にお仕えしているしがない男です。名乗るほどの者ではございません」
男の物腰はいたって穏やかで、イーサンは構えていた銃を下ろす。それでも警戒を解いた訳ではないが、男が今すぐにイーサンをどうこうしようとしているようには見えなかった。
「イーサン・ウィンターズ様。貴方に折り入ってお願いがあるのです」
「お願い?ローズを拐って、俺まで殺そうとしておいてどの口が言うんだ?」
「それは……返す言葉もありません。ですが、どうか私の願いの内容だけでも聞いてはいただけないでしょうか」
「…………」
四貴族のように問答無用で襲いかかってくるならまだしもこう下手に出られると調子が狂う。申し訳なさそうに男は眉を下げ、イーサンの沈黙を肯定の意味で受け取ったらしく口を開いた。
「私の主、ハイゼンベルク様を殺さないでほしいのです」
「……奴は俺を殺そうとしてるんだぞ。無茶言うな」
「えぇ……無茶なお願いだとは承知しております。殺さずに倒す、それがどれ程難しいか、武器を持たぬ私でも分かります」
武器を持たない。それが嘘か真かは分からないが、どちらにせよこの男の願いを聞くつもりなどイーサンにはさらさらなかった。その、つもりだった。
「ハイゼンベルク様はただミランダの支配から逃れて、自由になりたいだけなのです。どうしても、というならばハイゼンベルク様の代わりに私の命を捧げます」
「なっ……!」
予想だにしないセリフに言葉を失う。冗談ではなく、本気なのは男のまっすぐな目を見れば分かった。だとしても、奴に命を賭けるほどの価値があるとは思えず「正気か?」と洩らす。
「はい。正気です。貴方にとってハイゼンベルク様が憎く殺したい相手だったとしても、私にとっては命を賭けてでもお守りしたいたった一人の主ですから」
「…………」
「もう儀式まで時間はあまりありません。この階の機械兵は私が抑えておきますから、貴方はどうぞ先へ」
男は脇に避けて、通路を開ける。その後ろにいたゾルダートも同じ様に。
会話は終わった。無言のまま、男の横を通りすぎる。その直前、イーサンは足を止めた。
「なぁ、お前は人間なのか?」
最後にひとつ、疑問を投げ掛けた。
「殺せば、分かりますよ」
「……食えない奴だな」
「誉め言葉として受け取っておきますね」
口元を手で隠しながら、男はくすくすと笑って答えた。
◇
ずっとミアを殺した敵だと思っていたクリスと偶然にも工場の地下で再会し、事の顛末を全て教えてもらい和解した。クリス曰く話さなかったのは"一般人を巻き込みたくなかったから"らしい。彼らしい理由ではあるが、結局のところ全力で巻き込まれているのだから初めから教えてくれれば良かったのではないかと思いつつ、ここから先はクリスと協力してローズを助ける事になった。
不器用ではあるが、クリスは戦力としてはかなり優秀だ。パワーもあるし、機転も利く。たった一人だと思っていたから、クリスと合流できたのはかなり心強かった。
クリスが改造した自走砲のハンドルを握り、イーサンは「よし」と表情を引き締める。右には弾切れなど心配なさそうなガトリング、それから主砲が取り付けられ、左側にはガードもできてついでにダメージも与えられるチェーンソー。生身なら手も足も出ないが、これなら奴を──殺せる。
大型貨物エレベーターに自走砲ごと乗り込んで、地上を目指す。恐らくハイゼンベルクは出口で待ち構えているだろう。深く息を吐き出して、呼吸を整える。ハイゼンベルクを倒せば、後はミランダだけだ。ローズ救出はもう目前まで迫っている。
どん、と主砲を試し撃ちしてエレベーターのドアを吹き飛ばした。装填に時間が掛かるのが難点だが、威力は申し分ない。
「カタを付けようぜ。男同士のタイマンでよぉ……お前の死体も俺の軍団に加えてやるよ!」
工場前の柵でかこまれた草地に踏み出すと同時にぱちんと電気が弾けて、機械武装をしたハイゼンベルクが降り立った。大きな金属のガラクタを歪に組み上げたようなそれの両手先には丸ノコが取り付けられている。時折火花を放ち、激しく回る丸ノコで攻撃されようものなら──その先は想像したくもない。
機銃で牽制をしながら、降り注ぐスクラップを何とか避けた。電磁力による攻撃は圧倒的で、一撃でも喰らえば瀕死は間違いない。ハイゼンベルクが投げつけてきた大きなスクラップの影に隠れて、丸ノコの攻撃を凌ぐ。
「そんな所に隠れたって無駄だ!」
「それはどうだろうな!」
スクラップが真っ二つになった瞬間を狙って、イーサンは主砲を発射した。どん、と近距離で弾けて、火傷をしそうな爆風が身体を撫でる。
「ぐぅ……今のはちょっと効いたぜ」
呻いたもののハイゼンベルクの声色にはまだ余裕があった。何度機械の腕や身体を破壊しても、磁力により組み直されて復活する。終わりの無い戦いを挑んでいるような気さえした。
それは前触れもなく訪れた。地鳴りのような轟音。地を揺るがす程のソレにイーサンもハイゼンベルクも戦いの手を止めていた。はっとして見上げるとハイゼンベルクの工場が崩れ、火の手を上げている所だった。
「俺の鋼の軍団が……!いや、あそこにはまだ、あいつが──」
あいつ──第三者を指す言葉を聞いて、イーサンの脳内にあの男の姿が甦る。ハイゼンベルクを殺さないでと懇願したあの男。
戦いの最中だというのにハイゼンベルクはひどく取り乱していた。それほどまでにハイゼンベルクにとってあの男は特別なのだろう。
「ちくしょう……あのゴリラ野郎!あいつの仇は必ずとってやる……!その前にまずはお前だ、イーサン!!」
怒り狂ったようにハイゼンベルクは唸り、鋼の両腕を振り上げた。紫電が迸り、スクラップが電磁力によって浮遊する。それはイーサンも例外ではなかった。空へと打ち上げられ、イーサンは空中で足掻く。
「あぁ……くそっ!」
自走砲から投げ出された今、イーサンは無力だった。空中を掻くがどうにもならない。電磁力により発生した嵐のような暴風がイーサンの全身を叩きつけた。
「あの世で娘を待ってろ!ローズの力は俺がいただく!ミランダごと潰してな!」
眼下でハイゼンベルクが火花を散らす大型のファンを構え、イーサンを待ち構えている。
(まだローズも助けれていないのに、こんなところで死ねるか……!)
偶然か、それとも強いイーサンの意志が引き寄せたのか。自走砲は奇跡的にイーサンの元に舞い戻る。吹き荒れる風の中、必死に手を伸ばし操縦桿を掴む。
「御愁傷様!」
操縦桿を握りしめて、主砲の発射ボタンを押し込んだ。
──私の主、ハイゼンベルク様を殺さないでほしいのです。
耳元に残るあの男の声にほんの僅かな迷いを抱いて、主砲の軸が揺らいだことにイーサンは気づかなかった。
prev mokuji next