ドナが持っていたフラスクを取り返し、取られたと思っていた武器は気がつけば、ちゃんとガンホルダーに収まっていた。どうやら武器がなくなった、という幻覚を見せられていたらしい。
ベビーを殴った辺りから妙な感じはしていたが、ここまでリアリティのある幻覚を見せられるなんて使い方次第では最強になれそうだ。
「幻覚が見れたなら俺の大事な人も見たかったなぁ」
村へ戻る途中、ぼそっとそんな事を呟く。
「大事な人?」
「……うん。俺に"生きろ"って言ってくれた人」
もう12年も前の出来事だ。それでも思い出せる。俺を造り出してくれた人の顔を。目を伏せながら、小さく笑う。
「見れたとしても精神的に痛め付けてくるかもしれないってのに」
「や、まぁ、わりと元からそんな人だから会えるだけで嬉しい」
「どうなんだそれ……」
いい思い出かと問われると正直、答えに悩むけれども。いいのいいの、とドン引きしているイーサンに笑って答えた。
◇
聖杯の祭壇まで戻り、組み合わせた鍵を使って村の西側に足を踏み入れる。静かな村に小川の流れる水音だけが響く。ふ、と白い息を吐き出して、ハンドガンを握り直した。
不意に感じた獣の気配──
どん、と木の柵が吹き飛び、巨大なライカン──否、ヴァルコラックが飛びかかってきた。ライカンよりも変異が進み、巨大化してより狼のように獰猛さが増している。
「イーサン!下がって!」
イーサンを突飛ばし、飛び付こうとしたヴァルコラックをハンドガンで牽制する。顔面に弾を撃ち込まれ、僅かにヴァルコラックが怯んだ。その隙に素早くマグナムに持ち替え、額に狙いをつけた。そして戸惑いなくトリガーを引く。
「悪いけど、こんなとこで時間食ってらんないからね!容赦なくやらせてもらうよ!」
ダァン──激しい衝撃が手に伝う。太い弾丸は真っ直ぐに飛び、ヴァルコラックを射抜く。ギャン、とヴァルコラックが悲鳴を上げて吹き飛び、柵にぶつかって動かなくなった。
「……しっ!」
民間人守りながら大型B.O.W.倒せたよクリス!なんてここにはいない人に向けて内心で叫びつつ、俺は小さくガッツポーズをする。
しっかりと身体も鍛えたから昔みたいに腕を痛めることもない。ちゃんと自分の物になっているマグナムに自然と顔がにやけた。
「あの状況で一発も外さないって、どんだけ射撃上手いんだ、お前……」
「へへへ……それほどでも」
誉められたのが擽ったくって、照れ隠しで鼻の下を擦る。
元々上手いと言われていたけれども、義手に変わってからは振り出しに戻った。前と同じように撃てるようになるまでどれ程努力したことか。あの時の苦労や辛さはもう味わいたくはない。
「俺、結構頼りになるでしょ?」
「あぁ、そうだな。頼りにしてる」
ふ、と息を出すようにイーサンが笑う。ナツキもそれに笑い返して「じゃあ先に進も!」と、イーサンを先導する。
村の所々にこびりついた得体の知れない緑色のヘドロに沿ってナツキ達は歩きだした。
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