- ナノ -



きゃはは!と笑う声が大きくなった。人形だらけのリビングの景色が一瞬歪む。次の瞬間にアンジーを従えた黒装束の女が現れ、ナツキとイーサンは身構える。彼女がこの館の主ドナ・ベネディエントであり、アンジーを操っている張本人で間違いなさそうだ。

「行かないで……行かせないわ……」

震えるようなか細い声が顔を覆うヴェールの下から聞こえた。彼女が手を上げると足元に座っていたアンジーがふわりと生きているかのように浮かび喋り出す。

「まだ生きてるなんてスゴイねぇ。でも早く私を見つけないと、お友達にブッ殺されちゃうからね!」

見つけてごらん?と、アンジーはふわりと浮いて、リビングルームから飛び出していった。人形たちが首を揺らしてケタケタと笑う。ドナの姿はいつの間にか見えなくなっていた。

「何なんだ!クソ!」

「とにかく探そう……見つけないと危険そうだ」

不気味な笑い声が響き渡る館を大股で探し回る。棚の上。テーブルの上、下。クロゼットの中──階段を駆け上がり、二階のゲストルーム。

「いた!」

イーサンが叫ぶ。背の低いチェストの前にアンジーはひっそりと座っていた。

「見つけたぞ!!」

「ローズさえ産まれなきゃこんなことにはならなかったのにね!」

細い首根っこを掴んで、イーサンは頭を目掛けてハサミを力任せに突き立てた。アンジーはイーサンを振り払い、再びどこかへ姿を消す。まだかくれんぼを続けるつもりのようだ。

「……化け物め!」

「……、」

俺に向けられた言葉ではないのにびくりとする。"化け物"なのは俺も同じだ。アンジーやミランダと大差ない。

──ふぅ。気持ちを落ち着かせるように大きく息を吸って吐き出した。

「今度はどこだ?」

ハサミを握りしめ、イーサンはイライラとしたように館を駆ける。流石にもう二階にはいないだろうと、二人で一階に降りて二手に別れた。俺はリビングに、イーサンはエレベーター側だ。

先程より人形の揺れが激しくなっている。心なしか笑い声も。

玄関ホールをぐるりと視線でなぞり、あの白いシルエットが見つからないのを確認すると足早にリビングに移った。

「どこだ?」

いまいち気配が掴みづらい。リビングを見回して舌打ちをする。笑い声がとても耳障りだ。

リビングの衝立で仕切られた向こう側──

「いた!」

テーブルの脇に佇むアンジーに近づこうとした瞬間、周りにいた人形達が小振りのナイフや鎌を振り回してきた。

「くそ!邪魔なんだよ!」

思い切り殴り飛ばし、人形を一蹴する。俺の声が聞こえたらしく背後でイーサンがリビングに駆け込んでくる気配がした。

左腕に突き刺さったナイフを躊躇もなく抜き取って投げ捨てる。その瞬間から音もなく傷が治っていく。

「何……何なんだよ……!?」

人形だから顔が動くはずはないのだが、アンジーがぎょっと目を剥いたような気がした。

「何だよ!お前!!素手でラジオも電話も破壊するし……普通じゃない!!バケモノだ!!」

「……そうだね。俺はバケモノだよ」

刃物を持って飛び回る人形の頭を鷲掴み、握力だけで破壊する。粉々になり動かなくなった人形を投げ捨てて、逃げようとしたアンジーに詰め寄った。

「ふざけんな!!それ以上近づくんじゃねぇ!!!」

アンジーの口汚い怒声に反応して他の人形がナツキの身体を刻もうと迫りくる。だが、ハサミや小さなナイフはナツキの頬や腕に赤い線を描くだけだ。それも傷がついたそばから治っていく。
細やかすぎる抵抗にナツキは薄く笑い、アンジーを見下した。ひ、とアンジーが小さな悲鳴を漏らす。これじゃあ俺の方が悪者に見えそうだ。

お人形を叩き割ろうとするバケモノ、なんて考えて心の中で自嘲した。

「あぁ、バケモノだよ……でも──」

心までバケモノになったつもりはないから──
イーサンの分の怒りも込めて全身全霊で右のストレートをアンジーの顔面に叩き込んだ。ぐちゃり、思っていたより柔らかい感触が拳に伝って、それと同時にぱりん、と何かが割れるような音と共に世界が急に切り替わった。目をぱちくりさせて足元に転がるモノを見て、心臓が止まりそうになる。

「ひぇっ!?ひ、ひとぉ!!!?」

アンジーを傍らに抱えた黒装束の女が仰向けに倒れている。抉れた顔の左半分はもしかしなくてもナツキが殴ったせいか。
彼女もまた特異菌の感染者だったらしい。石灰化して砕けていく女の胸元に大振りの鍵を見つけて拾い上げ、振り返った。

「…………えっと」

アンジーにトドメを刺したところを見られたと思うと何となく目を合わせづらくて、俺は俯きがちに鍵を差し出した。

「何でそんな顔してるんだ……奴を倒してくれて助かった」

「え、あぁ……」

「お前が何であれ、ナツキはナツキ、だろ?」

「……うん、ありがとう、イーサン」

顔を上げるとイーサンは微笑んでいて。俺はぼそぼそと感謝の言葉を述べる。

──ごめんね。と、心の中で謝罪しながら。



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