- ナノ -


殴られた頬を押さえながら、イーサンの後ろをすごすごと歩く。ちょっと殴られるくらいどうって事はないのだが、精神的ダメージの方が少々。

「急に殴ることないじゃんか……」

「無駄にバカデカイ声出すからだろうが」

だって驚いたんだもん。俺は悪くない──なんて言ったら、イーサンに睨まれて俺は即座に視線を反らす。

「配電盤の鍵も手にいれたんだ。さっさと上の階に戻るぞ」

「やっとこの辛気臭い地下室からおさらばできるのか〜」

イーサンの手元にある鍵に頬を緩める。長かった人形工房も終わりと考えると気分が幾らか軽くなった。じゃあ早く行こう!とイーサンの手のひらから配電盤の鍵をもぎ取って、俺は小走りでエレベーターホールへ向かう。

「おい、危ないぞ。暗いんだから気を付けろ」

「大丈夫だって、どうせ敵なんか出てこないし──」

べちゃ──エレベーターホールに続く曲がり角を曲がった瞬間、ぬるりとした何かにぶつかった。生暖かくてぬるぬる。その何かを確かめるためにナツキはギギギと油の切れた機械の如く、ゆっくりと首を動かした。

一言で表現するならば、それは巨大な赤ちゃんだった。だが、口は異様な程に大きく鎖骨と一体化しており、足は前後逆に生え、全身は得体の知れない粘液に濡れててらてらと鈍く光っている。まさに化け物。それを目が捉えると同時にナツキは叫んでいた。

「ぎゃあああああ!!なにこれぇえええ!!!」

「バカ!逃げろ!!」

言われなくても。跳ね飛ぶようにナツキは退く。ナツキを掴もうと伸ばされた手がギリギリで空を切る。

「ぱーぱぁー……ぱぱぁーあぁあー……」

イーサンを見つけるとベビーは嬉しそうに声のトーンを高くして、にじり寄ってきた。

「ローズのつもりか?冗談じゃない!」

「イーサン!工房の方まで下がって撒こう!」

一本道の細い廊下じゃ、脇を通り抜ける事すらできない。悪態をつくイーサンの肩を叩いて、二人で工房まで走った。


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