- ナノ -



ガシャン、ガタン──工場内は常に機械の駆動する音で埋め尽くされている。ここに来た当初は騒々しく感じたが、慣れれば然程気にならなくなった。機械油の臭いが充満するこの工場での私の仕事はゾルダートの整備だったり、素体の回収だったりと多岐に渡る。勿論、ハイゼンベルク様の身の回りの世話も私の大切な仕事の一つだ。

「……これでよし、と」

ネジが緩み、動きの悪くなった機械の整備を終えて、私は額の汗を拭った。大きなレンチを工具箱にしまって、私は次の仕事に移るために立ち上がる。工場内は広く、入り組んでおり、移動するのにも一苦労だ。大股で通路を歩いていると向こう側からカラカラと音がした。

「……何だ……ハウラーか」

一瞬、またあの問題児が何かやらかそうとしているのでは、と身構えたがそうではなかった。一歩進む度にハウラーが片手に持つハイゼンベルク様お手製の手斧が地面を摩って音を立てる。ハウラーは此方には目もくれず、そのまま横を通りすぎていった。
この工場内に生きた人間はいない。こうして動き回っているのはハイゼンベルク様に改造された死体の機械兵ばかりだ。ヘッドギアの赤い光が通路の奥でちかちかと光っている。その中で一際大きな赤い光を見つけた。あれはゾルダート・アインだ。腕にドリルがついた大男の白く濁った双眼に私が写る。

「貴方達の整備は明日ですよ」

「…………」

彼らは喋らない。そういう器官は不要とされ、取り除かれている。もしあったとして、話せるかどうかは不明だが。
理解しているのか、いないのか。アインは腕をギシギシと言わせてどこかへと歩き去って行った。

「──っと、いけない。急がないと」

やることは山積みだ。次は問題児の整備、その後は夕飯の支度。夜間には村の墓場から素体を回収が待っている。

私は急ぎ足で大型の貨物エレベーターに乗り込んだ。


某問題児は私が来るまで珍しく大人しくしていたようで、部屋は破壊されていなかった。問題児──シュツルムと名付けられたそれはハイゼンベルク様が造り上げた機械兵だ。機嫌が良いときも悪いときも激しい突進を繰り返して壁を破壊しまくるため、失敗作の烙印を押されてしまっているがお優しいハイゼンベルク様はこうしてシュツルムを廃棄せずに置いている。何だかんだ愛着があるのだと私は思う。

「あぁ、プロペラは回さないで」

私の入室に気付いたのか、嬉しそうにプロペラを回し始めるシュツルムを制止する。整備中にプロペラ巻き込み事故なんて冗談でも笑えない。ミンチより酷い肉塊が出来上がってしまう。

「整備をするから大人しくしてくださいね」

カカカ、とモーターを空回りさせてシュツルムが返事をした。私はそれに笑みを浮かべて、工具箱から道具を取り出して整備に取りかかる。普段から暴走して突進するからか、シュツルムは他のゾルダートよりも消耗が激しい。ボルトはすぐに緩むし、細部に土埃がたっぷり詰まっている。

レンチでナットを締めて、刷毛で細かな埃を払い落とす。身体や足の防具は濡れたタオルで拭って、汚れを取り除いた。後部のファンの部分は念入りにチェックしておく。ゴミ詰まりで熱暴走が起こりやすくなるのだ。工場内の二次被害を防ぐためにチェックは欠かせない。それでもシュツルムに大暴れされたら意味はないのだが。

「さて、最後は油を差して終わりです。お疲れさまでした」

機械油をプロペラ部分に差してやると、シュツルムは上体をゆらゆらと横に揺らした。喜んでいる、らしい。整備したての身体の動きを確かめるように部屋をとことこと動き回って、ゆっくりとプロペラを回転させていた。大人しくしている分には、感情表現豊かでハウラーやアイン、ジェット達よりも可愛げがある。

幼子を見る母親のような気持ちでその後ろ姿を眺めていると不意にモーター音が大きくなった。

「あっ!待っ──」

止める間もない。ヴゥゥン、とモーターを唸らせると同時にシュツルムは猪のごとく壁に突進していた。轟音と共に壁が数枚破壊されて、土煙が上がる。巻き込まれたハウラーが破壊された壁の向こうに転がっているのが見えた。

中途半端に伸ばした手が虚しい。ズドーン、ドーンと繰り返される音に少しばかり現実逃避をしたくなった。わぁ、とても風通しが良くなりましたね、シュツルムさん──なんて。

「コラァ!!!お前ら、何大暴れしてやがんだぁ!!!」

「ああぁ!!申し訳ございません!!!」

騒々しさにすっ飛んできたハイゼンベルク様が工場内の惨状に目をつり上げて怒鳴った。作業途中だったのだろう。その手には工具が握られていた。仕えている主人の怒声にきゅっと心臓を縮み上がらせて、私はあたふたと謝罪と共に頭を下げたが、シュツルムはそんな声もどこ吹く風と突撃を繰り返している。ズドン、ドコン。いよいよ大きな一部屋になりかけている工場内にぶちり、と堪忍袋の尾が切れる音がハイゼンベルク様から聞こえた。

あ、これはまずいぞ。そう察した私はすかさず両耳を手で塞いだ。

「いい加減にしろ!!このくそったれが!!!!」

工場の騒音よりも数倍大きな声がわんわんと反響する。鶴の一声で大暴れしていたシュツルムはようやっと動きを止めた。が、辺りの壁は大方崩れている。今日の被害は一段と酷い。修繕にはかなりの時間が掛かりそうだ。荒れ果てたそこに私はげっそりとして、頭の中でおおよその修繕費を計算する。

「う……また、経費が嵩む……」

それに仕事も増える。想像しただけで胃が痛みそうだ。お腹を擦り、私はため息を一つ。

「ちったぁ、悪いと思え!!」

こちらを振り返ってキューンなんて全く反省の色も欠片もない音を鳴らすシュツルムにハイゼンベルク様は拳骨を食らわせていた。


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