- ナノ -


集めた四つの石盤を扉の中央にある枠に嵌めると、鍵の開く音がした。ただの木の扉なのに、いったいどういう原理なのか気になるところだ。ギギギ、と軋みながら上に上がっていく扉を潜り、小さな集落にたどり着いた。

比較的、小綺麗で生活感のある集落なのに、人気が全くない。木造建築の簡素な棚には生卵やハーブが並べられていたり、松明には火が点いていたり、人がつい最近までいた痕跡が残されている。罠か、それとも単純に出ているだけなのか。今までの事から考えて前者の可能性が高いだろう。周囲に気を配りながら、集落を散策する。

奥まった細い小道に差し掛かった時だった。小鳥の囀ずるような鳴き声が聞こえて、足を止める。辺りを見回したが、それらしき影は見当たらない──が、確かに肌に感じる敵意にナツキは銃のグリップを握り締めて、神経を尖らせた。

「──上っ!!」

即座にその場から飛び退くと、そこに槍が突き立てられた。少しタイミングがずれていたら串刺しになっていただろう。最悪の想像が過り、冷たい汗が全身からぶわりと吹き出す。汗ばむせいで銃を取り落としそうだ。

二メートルはあろう大男が頭上から飛び降りてきて、地面に突き刺さった槍を引き抜いた。面妖な被り物の穴からギラギラと光る赤い目が覗いている。頑丈そうな仮面はとても銃では撃ち抜けそうにない。

ヒョロロ、と大男が鳴くのを合図に、マジニも集落の奥からゴキブリのように湧き出してきた。舌打ちをして、牽制射撃をしながら後退する。

こつん──と踵が何かを蹴飛ばした。近づいてきたマジニの眉間を撃ち抜いてから、足元を確認すると鈍色に光るリボルバー銃がある。マグナムだ。即座にハンドガンをポケットに突っ込んで、マグナムを拾い上げた。

ずしり、と手に伝わる重みに唾を飲み込んで、ナツキはマグナムを構える。セーフティを外して、撃鉄を起こす。後は──

「後ろよ!」

「──!」

聞こえた声に反射的に振り返り、引き金をひいた。どん、と腕が反動で跳ねる。想像していたよりも強い衝撃で狙いがずれたが、何とか大男には当たったらしい。すぐそばで大男が膝をついていた。追撃しようとしたが指先が痺れているせいで上手く構えられずもたもたしている内に、シェバが回し蹴りでトドメを刺していた。

痺れを解すように手首を震わせて、ハンドガンに持ち変える。ハンドガンですら撃ち慣れていないのにあんなのをずっと使い続けていたら腕を間違いなく痛めてしまうと素人でも分かった。

(使い時を見極めないと、な……)

顔を引き締めて、ナツキは遠くから火矢を飛ばしてくるマジニに狙いをつけた。





クリスとシェバを守りつつ、護られつつ、マジニの襲撃を殲滅した。度重なる襲撃に三人の疲労はかなりの物だった。ふぅ、とシェバが息を吐き出して、額に滲んだ汗を拭う。ナツキも荒れた呼吸を整えて、ハンドガンの弾をロードした。

「休憩もこれくらいにして先に進むぞ。いつまた襲撃があってもおかしくないからな」

「えぇ、そうね。行きましょ」

もう一度あの矢だの槍だのが飛び交う乱戦を繰り広げたくはない。休憩も程ほどにしてナツキ達は先に進もうとした──が、その足はすぐに止まった。奥に進むには跳ね橋を渡る必要があるのだが、その橋が上がってしまっている。どこかしらに橋を下ろす仕掛けがあるはず、とキョロキョロと辺りを見回すと少し離れた橋を見下ろせる高台にハンドルがあった。もしかしなくともあれが橋を動かす仕掛けだろう。

「あれじゃない?」

「よし、俺が回してこよう。シェバとナツキはここで待っててくれ」

そう言ってクリスがハンドルの方へと駆けていった。回り込めば向こうにも行けなくはないらしい。暫く待っているとクリスの姿が高台に見えた。クリスはこちらに待ってろ、とジェスチャーをしてからハンドルに手をかける。

ハンドルが回ると鎖が巻き上がり、鈍く重い音を立てて橋が掛かった。文明の利器におお、と感動しつつ、シェバと共に橋を渡り向こう岸にたどり着く。クリスがハンドルから手を離した途端、激しい音を立てて橋が元の位置に戻った。あれが渡っている途中だったら、と嫌な想像が浮かんでナツキは顔を青くする。侵入者防止用としては間違いなく、効果的な橋だ。

橋を渡った先は二階建ての建物の一階に繋がっていた。シェバはクリスがこちら側に来れるように二階に向かう。ナツキは一階部分の散策をしようと辺りを見回した。テーブルらしき木の板を接いで出来た台に民族的な紋様の描かれた壷が二つ置かれている。水瓶的な何かだろう──そんな軽い好奇心でナツキは壷を覗き込んだ。

「ひぇっ!?」

顔を目掛けて壷から何かが飛び出してきてナツキは跳ねるようにして避けたが、踵を床板の段差にぶつけて尻餅をつく。いてて、と盛大に打ち付けた尻を擦りながら手元に蠢く細長いそれをまじまじと見た。鱗に覆われた細長い身体、大きな口から覗く二股の舌先──蛇だ。鎌首をもたげてナツキを睨んでいる。

「のぉおおおおお!!!」

かつてない速度でナツキは跳ね起きて、蛇から距離を取る。毒蛇かどうかは知識がないからわからないが、咬まれないに越した事はない。壁に張り付きながら、蛇と睨み合う。視線を外したら最後、襲われる──緊張感にナツキは唾を飲み込み、次の行動をどうすべきかと頭をフル回転させる。

そんなナツキの不安を他所に蛇はふい、と首を別の方向に向けると身体をうねらせて建物の隙間から外へと出ていった。

「……はぁ」

助かった。胸を撫で下ろす。壺はもうひとつあるがもう覗く気にはなれない。ナツキはそそくさと二階の階段を駆け上がった。

すでにクリスも合流していて、二階の調査をしていた。棚に置かれた手帳に目を通して険しい顔をしている。

「叫び声が聞こえたけれど、何かあったの?」

「あは、はは……」

蛇に襲われて死にそうになってました、なんてとても言えなくて、ナツキは誤魔化すように苦笑を浮かべた。ふぅん?と物言いたげなシェバの視線から逃げるように、ナツキは二階から外に続く通路を見つけてすすすっと退く。

「何してるんだ、二人とも。ゴンドラがあるらしいから行くぞ」

手帳を読み終えたクリスがそう言って、二階の窓の外を指差す。確かにそこにはこの集落には似合わない、機械仕掛けの箱が見えた。


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