ハサミを手にいれた俺たちは再び人形工房に戻ってきた。途中廊下の電話が鳴ったりと嫌がらせはあったが、思いっきりぶん殴って壊しておいた。電化製品を壊しすぎて、色んな意味で館の主に恨まれそうだ。
「よし、これで包帯が切れる……」
胸元に固められた包帯にハサミを入れて、切りほどく。露になった胸元に開けられそうな円形の切れ込みが入っている。僅かな凹みに爪を立てて、胸のパーツを取り外した。
「あ、これ、扉のやつだ」
隠されていたのは円形の金属パーツだ。取ろうと手を伸ばした時だった。
視界の端で何かが揺れる。それと同時に肩にばし、と強い衝撃──
「きゃぁああああ!!」
「うるさいぞ」
「いやだって急に落ちたら怖くない!?怖いよ普通!!」
「お前の声のが驚くんだよ!」
不意に糸が切れて俺の肩にぶつかり、大きな音を立てて落ちた人形の腕に吃驚して甲高い悲鳴を上げたらイーサンに怒られた。うぅ、ひどい。怖かったのに。
「ったく……調子が狂うというか、何ていうか……」
呆れたようなため息がひとつ。
「ナツキ、お前ついて来ない方が良かったんじゃないか?」
「え、何で?」
「何でって怖いんだろ?俺は──……その、娘を取り返さなきゃならないから仕方なくここにいる」
言いづらそうにしながらもイーサンが初めて身の上を語った。
この人形が妻を模している物だということ。妻が殺されたこと。今は四貴族から娘を取り返そうとしていること──全てをイーサンはナツキへと打ち明けてくれた。信頼してくれたのか、それとも、もう着いてきて欲しくなかったのか。どちらかは分からないけれど。
「だから、ナツキ。きっと俺といると危険な目に遭う。帰りを待ってる人がいるならこの館を出たら、すぐここから逃げた方がいい」
扉のパーツを取り出しながら、イーサンは静かに言った。ナツキからしたら全部知っていることで、何ならこちらは謝らなきゃいけないくらいなのに。
「えっと……」
何も言わずに奪っておきながら、ローズちゃんを守れなかった。けれども真実を全て話す権限も勇気は俺にはなくて。
ただただナツキははくはくと口を無意味に開閉させただけに終わった。
「自分の娘は自分で助ける。ナツキは無理するな」
イーサンは小さく笑って、扉のパーツを片手に部屋の右手の廊下奥へと向かっていった。
「……ちょ、ちょっと待ってよ、イーサン!!」
情けない声を上げながらナツキはあわててその後を追いかけ、仕掛け扉を開けようとしているイーサンの肩を掴んだ。
「……イーサン。俺、ずっと着いてく……なんなら奪還も手伝う。だからこんなとこで切り捨てないでよ」
言えないことも沢山あるし、罪滅ぼしにはならないけど、少しでもイーサンの力になりたい。その思いは本当だから。
「俺、変な奴だと思うけど……イーサンの敵じゃないから。それだけは信じてほしい」
伝わればいい。そう願って、ナツキは真っ直ぐとイーサンの目を見つめた。
「……本当に変な奴だな。死ぬかもしれないってのに……」
「俺、こう見えて九死に一生得まくって生きぬいてるから大抵の事は大丈夫!」
言いはしないがアフリカでのあんな事や、中国のあんな事やら。よく生き抜いてきたと思う。
仕掛け扉を開けて、奥に見えた景色に俺は即座にこう言った。
──お……お先にどうぞ?
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