- ナノ -



「んん……」

顔に当たる朝日に起床を促されて、瞼を持ち上げる。微睡みながらも身体を起こした。モーターの音と頬に当たる水飛沫で、昨晩の事を思い出す。

「おはよう、よく眠れた?」

「おはよう、ございまふぅ〜ぁ……」

シェバに挨拶を返そうとしたが、口から大欠伸が漏れた。手で隠しても丸見えなそれにシェバがくすくすと笑う。恥ずかしくなって目を反らすついでに、辺りを見回した。四方を取り囲む、水、水、水──湖だろうか?遠くに幾つかの水上家屋が見える。ここがどこなのか全く検討も付かない。

吹き抜ける風を浴びながら、ぼうっとしているとクリスがとある桟橋にボートを止めた。

「さ、行くぞ」

「……行くぞって、ここを?」

木の囲いの向こう側は普通に湖の一部で、濁った青緑色が広がっている。確かに囲いの奥には何かしらがありそうな水上家屋があるけれども。
名前も知らない水草が浮かぶ、水面にクリスとシェバは躊躇なく踏み込んでいく。「置いていくわよ?」なんて言われてナツキは意を決して、湖に足を突っ込んだ。

「うへぇ……」

思ったほど深くは無いが、それでも腰上くらいはある。衣類の濡れる気持ち悪さにナツキは顔をしかめた。銃を濡らさないように上にあげながら走るが、水の抵抗で足が重く思うように進まない。

「ん?」

ざぱざぱと水を掻き分けていると、不意に視線を感じて周囲を確認した。水面が揺らぐくらいで動くものは何も見当たらない。首を傾げつつも気のせいか、とナツキは前を向き、水に足をとられないように注意を払いながら再び走り出した。

「ナツキ!前よ!」

「へ?──ぎゃあぁああぁ!?」

心臓がきゅっと縮む。目と鼻の先でナツキの倍はあろう大きなワニが大口を開けて待ち構えていた。シェバの注意が無かったら間違いなくあのワニの口にINしている所だ。顔を青くさせてナツキは即座にその場から離れた。

お腹を空かせているのかぐるぐると喉を鳴らし、涎を垂らして此方の様子を窺っている。無理に追いかけては来ないが、少しでも隙があればご馳走にありつこうとしているらしい。

「……ってめっっっちゃいるじゃん!こわっ!?」

水面からひょこりと覗く目、目、目。ぎょろりとした尖った目がナツキを品定めするように睨み付けている。じりじりと距離を詰めてくるワニの大群にナツキはぎゃあ!と悲鳴を上げて、全力で四肢を動かした。

建物に入るための梯子を上がり、ナツキは額に滲んだ汗を拭う。やっとまともに呼吸ができる。

「じ、ぬがどおもっだぁぁああ!!!」

こんな目に合うならボートの所で待っていたら良かった。なんて考えても後の祭りだ。帰りもあのワニゾーンを越えなきゃいけないと思うと憂鬱で、ナツキは魂が出そうな深いため息を吐き出す。

のそのそと建物の中に入ると、クリスがへんてこな石の欠片を片手に持っていた。顔に疑問が浮かんでいたのだろう。クリスは説明をしてくれる。

「先に進むために必要な鍵なんだ」

「へぇ」

「四つあって……これが最後だ」

「へぇ……え?」

今さらっと怖いことを言われた気がする。
他の三つを集めている間、俺、ボートに放置されてた?一人で?下手をしたら襲われてたかもしれないのに?

「ぇええええええ!?酷くない!?起こしてくれてもよくない!?」

「五月蝿いわね。何も無かったんだから良いじゃない」

「……ハイ、ソウデスネ」

圧のある笑顔を向けられて、俺は身体を小さくして頷く他なかった。





阿鼻叫喚の帰りのワニ地獄を乗り越えて、ナツキ達は石盤を嵌める場所に向かう。ブロロ、とモーターの音だけが響く。

「──ねぇ、話してよ、前の相棒のこと」

その途中、唐突にシェバが切り出した。ずっと気になっていたのだろう。ナツキもそれは同じだった。ちらり、と後ろでボートを操縦するクリスを見る。

話すのを躊躇うようにクリスは口ごもったが、二人の視線を受けてゆっくりと話し出した。

「相棒のジルと俺はある男を追っていた」

どくり。と胸が脈打つ。

「アルバート・ウェスカー。元アンブレラ幹部でS.T.A.R.S.隊長だった男だ。ロックフォート島の事件で再会してから俺たちは奴の逮捕に躍起になっていた。そして、数年前ある情報を得た」

アルバート・ウェスカー。
その名前を聞くと気持ちが落ち着かない。どうしようもなく心がざわつく。

──俺はウェスカーを知っている?

沸き上がる疑問をいや、とすぐさま否定する。ナツキの記憶に"ウェスカー"なんて外国人の名前は存在しない。その筈だ。何かしらの映画俳優で聞いたことがあるだけだ。そうに違いない。

なのに、どうしてこんなにも不安なんだろう。

「元アンブレラ総帥スペンサーの居場所だ。俺たちは情報を得るため、そこへ向かったんだ」

思い出しているのか、そこで言葉が途切れる。苦い表情を浮かべて暫くの沈黙の後、またぽつりぽつりと話を続けた。

「ジルは俺を護ってウェスカーと一緒に、崖下に落ちた。遺体は見つからず、死んだと思われていた……だが今、手がかりを見つけた。俺は確かめなければならない」

「大切な人だったのね……」

「相棒だったからな」

不自然な程に鼓動する心臓を落ち着けようと俺は胸元を押さえる。どうしてこんな気持ちになるんだろう。

わからない。

わからない。

けれど、会いたい。
何もわからない中、その気持ちだけは確かだった。




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