- ナノ -


しつこさに定評があるマジニ達も流石に橋を越えてまでは追ってこなかった。襲撃もなく安穏に進み、ナツキ達は廃村にたどり着いた。その頃にはすっかり日も暮れて、月明かりが青白く光を放つ。

「ふぁあ……」

移動中、ぐっすり眠っていた俺は大あくびをした。それを見た運転手さんが苦笑する。

「よく寝てたね」

「疲れてたんで……うぅん」

両腕を伸ばすと間接がポキポキと音を立てた。寝心地はともかく眠ったお陰で疲れは少しだけだが取れた。

「一体何があったの……」

シェバの呟きに俺は窓の外に目を向けた。転がる死体──それらには見覚えがある。デルタチームの人達、だ。何かあったことには間違いない。死体を確認するためにナツキ達は車を降りた。

昼間とは一変し、夜の冷えた空気にナツキはぶるりと身体を震わせる。シェバとクリスは辺りを、運転手さんは仲間の死体を確認しに走った。ナツキは運転手さんの後ろについて死体を見下ろす。

赤く染まった死体。物言わぬ躯。もはや死体には驚かなくなってしまった自分がいた。慣れた、と言ってしまえばそれまでだが、慣れてしまう自分に末恐ろしさを感じる。

「──危ない!!」

油断していた。その声が聞こえた瞬間に肉の潰れる音がして、生温い液体が全身に飛び散る。

「え?」

目の前に大木のような浅黒い足があった。そこは運転手さんがいた場所で。理解が追い付かなくて、呆然と立ち尽くした。

「うん、てん、しゅ、さん……?」

震える唇で言葉を絞り出す。けれど言葉は返ってこない。広がる血溜まりが爪先を汚す。頬に伝うのは涙か、血か。俺にはわからなかった。

「ナツキ!しっかりしろ!!逃げるぞ!!……シェバ!車に急げ!!」

立ち尽くす俺をクリスが引きずり、車の後部席に押し込んだ。

機銃の音が耳を通り抜けていく。クリス達が戦っているのは見えているのに、指先に力が入らない。さっきからずっと、脳裏に運転手さんの死ぬ瞬間が繰り返される。

近くにいたのに。
目の前だったのに。

俺は何も出来ないまま、運転手さんが殺されるのを見ているだけだった。もっと周りに気を配っていれば助けられた筈だ。次から次へと出てくる後悔の数々。血で汚れた両手のひらで顔を押さえる。溢れだす物を抑えきれなくて、俺は慟哭した。





気づいたときには、あの巨人との戦いは終わっていた。クリスに肩を揺すられて俺はおずおずと顔を上げる。心配そうな顔をしたクリスと目が合う。

「大丈夫か?」

そう尋ねられて、俺は俯き唇を噛んだ。俺なんかより、運転手さんが。運転手さんは──。ぐちゃぐちゃになって喉元につっかえる感情を吐き出すことも出来ずにただただ嗚咽を洩らす。

「…………ぅ」

泣き続けるナツキの背に大きな手が添えられる。とんとん、とナツキが落ち着くまで、クリスは背中を撫で続けてくれた。

一生分の涙を流すくらい、涙が枯れるまで泣いた。目尻に残った滴を目が赤くなるのも厭わずに上着の袖で拭い取り、俺は戦慄く唇で「ごめん」と呟く。急がなければいけないのに、俺のせいで時間を使わせてしまった。

「……わ!」

頭をぐしゃぐしゃに撫で回される。「気にするな」とクリスが息を吐き出すように笑った。その言葉に心が軽くなる。

「もう、平気かしら?」

「……うん。ありがとう。シェバ」

クリスの後ろからシェバが顔を覗きこんでくる。俺はそれに頷いて答えて、立ち上がった。固まった足が縺れてふらついたけれど、クリスが肩を支えてくれて倒れずに済んだ。

「──シェバ。お前は撤退しろ。ナツキもいい加減保護すべきだ」

その言葉を聞いて俺もシェバも動きを止めた。戸惑いながら、クリスを見つめる。

──撤退?クリスを置いて?

クリスの言葉は尤もだ。一般人であるナツキは保護されるのが普通だ。けれど、ここまで来てクリスを置いて自分だけ安全な場所に行くなんて──逃げるも同然だ。

確かに逃げれば、人の死に怯える事も、人を撃つ衝撃も感じずに済む。でも、それでいいと俺は思わない。クリスが死ぬビジョンは浮かばないけれど、もしかしたら。

そんなのは絶対に──

「嫌よ!」
「嫌だ!」

シェバと俺の言葉が重なった。きっとシェバも同じ気持ちだったんだと思う。

「撤退するなら一緒に、でしょ?」

「俺も……クリスが一緒じゃなきゃ、嫌だよ」

着いていったら、また人の死ぬ瞬間を目の当たりにするかもしれない。それは怖いけれど、でもそれ以上にクリスが自分の知らない間に死ぬことが怖い。もしそうなったら俺は間違いなく後悔する。

首を横に振った俺達にクリスが額を押さえてため息をついた。

「ここからはもう任務じゃない。俺の個人的な目的になる。それにお前達を巻き込む訳には──」

「その目的って?」

「少し前、死んだハズの相棒の情報を得た。最初は信じられなかったが……デルタからのデータを見て確信に変わった。ジルは生きてるってな……」

ジルさん。あのSDカードに入っていた画像データの金髪の女性の事だとすぐに察しがついた。たった一人でも行こうとするくらいだ。きっとクリスの大切な人なんだろう。

「だからって一人で行く気?」

二人を置いて、歩きだしたクリスの背にシェバが声を投げ掛ける。

「無関係なお前達を巻き込みたくない。……引き返すなら今なんだぞ?」

「無関係!?そんな訳ないでしょ!仲間が殺されたのよ!こんなところで帰れないわ!……それに、相棒でしょ」

「そうだよ。俺だって、もう仲間じゃん……!クリスとシェバと一緒に戦うよ!」

決意を確かめるように、ナツキは手を強く握りしめた。

「さぁ、行きましょ!」

シェバが先陣を切って、桟橋に止められていたデルタチームのボートに乗り込んだ。その後を追ってナツキも小走りでボートに飛び乗り、くるりと振り返ってにまりと口角を上げる。

「クリス、置いてっちゃうよ?」

「……あぁ、わかった」

諦めたように苦笑を浮かべてクリスが頷く。その表情はどこか嬉しそうな色を宿していた。



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