- ナノ -


逃げたアーヴィングを追い、ナツキ達は油田に向かっていた。助手席に座り、ナツキは見渡す限りの乾いた平原を眺める。どこもかしこも見覚えのない場所ばかり。いつになったら日本に戻れるだろう。そんな事を考えながら嘆息した。

「アーヴィングは残念だったな」

「えぇ、でもまだチャンスはあるわ!……こちらシェバ、本部へ」

後部席に座っているシェバがインカムを押さえて、本部に呼び掛ける。微かなノイズの後、本部から応答があった。

「こちら本部。どうした?」

「アーヴィングは湿地帯の油田へ向かった可能性が高いわ。デルタチームと合流して油田へ向かいます」

「了解」

淡々とした通信に冷たさを感じたが、ナツキ以外は特に気にしてない様子を見るとそれが普通みたいだ。通信が切れて、車内に沈黙がおりる。暫く誰も喋らないまま時間が過ぎた。

「──襲撃だ!!」

「ふぇい!?」

疲れからうとうととしていたナツキは怒鳴るような大声に跳ね起きた。その拍子に思い切り頭を打ち付けて悶える。いてて、と打ち付けた部分を擦りながら、状況を確認した。ナツキ達の乗っている軍用車を取り囲むようにライダーマジニが走っている。

「うわ……」

「本当にしつこいわね!」

心底嫌そうにシェバが顔を歪めて吐き捨てて、車の後部に取り付けられた機銃を引っ付かんだ。クリスも立ち上がり、もう一台の機銃を操作する。敵側に機銃を使われるのは困るが、味方になると頼もしい。激しい銃声を背後に、ナツキも銃を構えた。

助手席の窓から狙えるマジニは少ないが、脅威はちょっとずつでも減らした方がいい。タイヤを狙い、確実に転倒させていく。

「二人とも派手に撃つのはいいが、無茶するなよ!」

運転手さんが機銃の音にも負けない声量で叫び、ハンドルをきった。激しく揺れる車体に舌を噛みかけて、ヒヤリとする。
ダイナマイトの爆音、投げつけられる斧やら何やらが装甲に当たる金属音が耳に痛いくらいに響く。

「ひぇ!?」

がつん、とフロントガラスに斧が刺さった。斧を中心にヒビが入ってぱらぱらとガラス片がこぼれ落ちる。もう少しマジニの腕力が強かったら、貫通していたかもしれない。

「くそ……やらせない!!」

運転手さんを殺そうとしているのは明らかだった。飛んでくる斧をフロントガラスを無視して銃を撃つ。ガラスが割れて飛び散り、頬を掠めた。血の伝う感覚が頬をなぞったが、それを拭う時間さえも惜しい。

隣にいた運転手さんが「いてぇ!?」と声を上げたが、俺は次から次へと投げつけられる物を撃ち落とすのに必死だった。

カゥン──ハンドガンが軽い音を立てた。弾切れだ。ポポカリム戦から弾の補充を怠ったのが裏目に出てしまった。替えのマガジンも空だ。不味い。次の攻撃が──。

「俺の銃を使え!」

「あ、ありがとうございます!」

機転を利かせて運転手さんが銃を手渡してくれた。すぐに受け取り、迫りくるマジニを倒す。
カスタマイズされているのか、今まで使っていた物よりも反動が大きい。撃つ度じんじん痺れる指先に使いにくさを感じたが、文句も言っていられない。俺はしっかりと狙いを付けて、マジニを撃ち抜いていった。





敵の襲撃が少し収まったところで借りていた銃を返し、自分の銃のマガジンに弾を込める。一発ずつ、ちまちま。9mmパラベラム弾を入れていく。

「──にしても、すげぇな。お前」

「はい?何がですか?」

弾込めに悪戦苦闘している最中、不意に運転手さんに褒められて俺はきょとんとする。頭上にはてなを浮かべている俺に運転手さんは苦笑しながら言った。

「何って、銃の腕前だよ。どっかの傭兵か何かでもしてたか?」

「は!?傭兵!?そんなんじゃないです。撃ってるときはいっつも無我夢中で……」

「へぇ、そうなのか。なら尚更すげぇな」

どうやら俺の腕はかなりいいらしい。そんな自覚はないけれども。そういえばシェバにも褒められたのを思い出す。
むず痒くて俺はへへへとはにかみながら後頭部を掻いた。が、笑っていられるのも一瞬だけだった。

どん、と真横から強い衝撃が来て、車体が大きく揺れる。マジニの操るトラックがぶつかってきたようだ。

「クソが!俺の愛車に何しやがる!!!」

先程までの優しい表情は消え、般若を浮かべて敵のトラックを睨み付けていた。そして荒っぽくハンドルを回し、思い切り車体をぶつけ返して向こうのトラックを横転させる。愛車という割には扱い酷い、という突っ込みは飲み込む。炎上して見えなくなったトラックに「ざまぁみろ」なんて運転手さんが最後に吐き捨てた。

「す、凄い、ですね……」

「そうかい?俺にはこれしかないからね……っと、掴まれ!!」

後ろの二人にも聞こえるように運転手さんは声を大きくすると、思い切りアクセルを踏み込んだ。くん、と身体が後ろに引っ張られる。車は速度を上げ、途切れた橋を飛び越えた。

重力に引かれて落ちる。ずしん、と着地すると同時に思い切り舌を噛んだ。

「うあ……!!?」

いったぁああああぁい!!!と叫ぶ余裕もない。痛すぎて涙を浮かべて悶える。運転手さんが「大丈夫かい?」と聞いてくるが、返事をできる状態ではないのがわからないのだろうか。

ナツキが口許を押さえながらじろりと恨みがましい視線を向けると運転手さんはははは、と笑っていた。



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