ぐるぐる、ぐるぐる、渦巻く思考。
俺はどうしてここにいるんだろう。そこの記憶だけが曖昧で、ぼやけている。まあいっか、と流していたけれど、ちゃんと考えるべきかもしれない。
「……ナツキ、行くぞ!」
「え、あ、うん!」
肩を叩かれて、ナツキは思考の海から帰還する。今こんな事を考えていたら、自分が死ぬ。頭を振って意識をはっきりさせた。
建物の裏口から出ると、またもマジニの襲撃を受けた。軍用車両の後部に付けられた固定機銃が火花を放つ。
「うっそぉおお!!待って待って!!駄目だってそりゃぁあぁあああ!!!」
今までとは比べ物にならない攻撃の嵐に俺は悲鳴を上げて物陰に隠れ、頭を抱えた。ボウガンやダイナマイトが可愛く感じる。すぐそばの壁と地面が点線を描くように抉れ、ゾッとした。あれに当たったらもれなく蜂の巣だ。
熱で連射が止まるのを待ってから、敵の様子を伺った。
「う、撃てない……」
前面には跳弾を防ぐための装甲板が付いていて、並大抵の銃では射抜けない上に射手のマジニもその影に隠れている。少しでも見えていたら撃てるが正面突破は無理そうだ。
「仕方ない。手榴弾でやるか」
クリスが口でピンを抜き、手榴弾を投げつけた。数秒後にどん、と小規模の爆発が起きて、機銃の音も止んだ。恐る恐る影から顔を出して確認する。固定機銃は半壊し、射手はその後ろに倒れていた。
「行くぞ」
「らじゃ!」
脅威は去ったが、先は長い。道中、ダイナマイトの雨を降らされたときは流石に死を覚悟した。目の前に落ちてきたダイナマイトをクリスが蹴飛ばして崖下に落としてくれなければどうなっていたかなんて考えたくもない。お陰で俺は何とか生きている。
「よい、しょっと!」
年寄り臭い掛け声を付けて、二メートル程の段差を飛び降りた。幾つかのプレハブ小屋が立てられた広場の向こうには、崖を沿うように道が続いている。
「ん……?」
嫌な予感がして、俺は辺りを見回す。だが、何も動くものはない──いや、いた。頭上を飛び交う蝙蝠の群れ。羽音がうるさいほどに響く。
不安を掻き立てる蝙蝠を見上げていると、微かに車のエンジンの音が聞こえた。崖の横の道から大きな輸送トラックが走ってくる。運転手は──マジニだ。
「敵だ!」
大きな輸送トラックは鋭い音を立てて横転し、横滑りしながら道を塞ぐようにしてナツキ達の目の前で止まった。強い衝撃でリヤドアの鍵が外れたらしく、鈍い音を立てて開く。ぞわり、と背筋に悪寒が走った。
ギィイイイ──
奇声と共に、そこから飛び出して来たのは蝙蝠のような二対の翼を持った化け物だった。エビのような形の尾の表面は硬い甲殻に覆われている。
「何だこいつは!?」
大きな翼をはためかせて化け物──ポポカリムはナツキ達を目掛けて下降してきた。鋭い爪が地面を抉り、線を描く。当たったら腕くらいは簡単に持っていかれそうだ。
「新手のB.O.W.!?アーヴィングの差し金ね!」
「はぁ!?あいつの!?」
あんのデコッパチ!余計な物を!!
今度会ったら絶対に一発ぶん殴ってやらないと気がすまない。ポポカリムから目を離さずに、ナツキは心の中で悪態をつく。
硬そうな黒い甲殻に向けて攻撃したが弾かれてしまった。
「うわっ、とと……」
銃弾を物ともせずに繰り出された引っ掻き攻撃を横に飛んで避け、そのまま走って距離を取る。マガジンを入れ換えて、弾を装填し向き直った。
「どうしたら──」
「後ろよ!あの赤い肉の部分を撃って!」
「わかった!引き付けてて!」
硬い甲殻に覆われている尾の裏側は確かに血色のいい肉がむき出しになっている。銃のグリップを握り締めて、ナツキはポポカリムの背後に回り込む。シェバが上手く気を引き付けてくれているお陰で弱点が丸見えだ。
こんなに大きな化け物に遠慮は要らない。ナツキはマガジンの中身が空っぽになるまで赤いお腹に撃ち込んだ。黄銅色の体液を撒き散らしながらポポカリムはギィギィと悲鳴を上げて巨大な身体をのたうたせる。相当効いたらしい。だが、まだ生きている。
もう一度、と思ったが、ポポカリムは翼を動かし、上空へと逃げた。大きく旋回すると、勢いを付けてこちらに降下してくる。
また突進攻撃だ。面倒なことになる前に怯ませたいが弾がない。さっきの攻撃で撃ち尽くしてしまった。
「ナツキッ!これを使え!」
「ありがとう!」
投げ渡されたマガジンを受け取り、俺は素早く入れ換えて弾をロードし、流れるように引き金を引いた。狙う場所はあそこだ。
タァン、タァン──
羽根を貫かれたポポカリムは飛行出来ずにトラックの上に墜落する。元々バランス悪く留まっていたトラックは重さに耐えきれず、ポポカリムごと崖下に滑り落ちていった。遥か下でトラックが爆発し、ポポカリムはその爆炎に飲まれて見えなくなる。
「やったか……」
暫く様子を窺っていたが、ポポカリムが飛んでくることはなかった。
「クリス、ナイスアシストだったよ」
「ナツキもな」
そんな会話をしていると機銃のついた軍用車がこちらに向かってきているのが見えた。敵かと一瞬三人の顔に緊張が走ったが、よくよく見ると運転手の男には見覚えがある。ニコニコ笑顔で手を振っている彼はデルタチームのひとりだった筈だ。どうやら迎えに来てくれたらしい。
「待たせたな」
「いや、十分早い。助かったよ」
どこぞの傭兵のような台詞にクリスが笑う。ナツキ達が乗り込むと軍用車はすぐさま発進した。
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