- ナノ -



エレベーターで地上に出た。もう日が大分落ちてきていて空はオレンジ色に染まっている。随分長い間、地下にいたらしい。

埃っぽい地下から出れた俺は両腕を伸ばして、深呼吸をする。ううむ、空気がおいしい。

「ほら、行くぞ」

クリスに呼ばれて、俺ははぁいと間延びした返事をした。すぐそばのトタン張りの建物──あれが目的地だ。外付け階段を上がり、二人が息を潜めて扉の前に立つ。俺は二人の後ろから突入のタイミングを待った。

3、2、1──目配せでカウントを取り、二人が銃を突きつけながら飛び込んだ。ワンテンポ遅れて、ナツキも入る。

「動くなっ!!」

中にいた白いスーツの男にクリスが鋭い声で叫んだ。銃を向けられた白いスーツの男は突入に驚いた様子であたふたとしながら悪態を吐き捨てて、デスクに置いてあった銃を引っ付かんで向けてきた。

ナツキも二人に習って男に銃を向ける。マジニではなく人を撃つのは気が引けるがこいつのせいで悲しい思いをする人達がいるならば人ひとり殺すくらい、平気だ。

「アーヴィングね!?」

「さぁーてな?誰だっけな?」

惚ける男──アーヴィングに冗談のつもり!?とシェバが噛みつく。それでもアーヴィングはニヤニヤと不快な笑みを浮かべたまま飄々とした態度だ。

「卑怯なテロリストらしいわね?」

「あんなのと一緒にすんな。俺はビジネスマンなんだよ」

「銃を捨てろ!」

話は終わりだとでも言うようにクリスが銃を握る手に力を込めて、一歩距離を詰める。それでもアーヴィングは怯まない。この状況なのに敗けを認めないアーヴィングに腹が立つ。

「なめんじゃねぇ、お前らこそ銃を捨てろ!」

「ふざけんな!お前が捨てるんだよ!」

黙って聞いていたが、ついに耐えられなくなってナツキは口を出す。そこでようやっとアーヴィングはこちらを見て、驚いたように一瞬瞠目した。

「お前は……。はっはは、お前がそうか」

それから可笑しくて堪らないとでも言うようにけたけたと笑う。

「なんだよ!?撃つぞ!」

俺の事を知っているような反応に動揺を隠せない。テロリストが何故。今すぐにでも取っ捕まえて吐かせたい。指先に力を入れようとした。

「──なっ!」

どこからともなく発煙弾が投げ入れられ、アーヴィングの足元から白い煙が勢いよく噴出する。第三者の攻撃だ。クリスとシェバは即座に口許を押さえて、身を屈めていたが、油断していた俺は視界を遮る白煙を思い切り吸い込んで噎せた。

「げほ、がほ……な、何……!?」

ガラスの割れる鋭い音と共に黒いローブの男とも女ともつかない何者かがアーヴィングの側に着地する。烏を模したような黒い仮面を着けていて顔はわからないが、雰囲気からしてあちら側の味方だろう。
侵入者はアーヴィングの肩を掴み、引き摺るように引っ張る。

「あばよ!」

小悪党みたいな台詞を残して、アーヴィングは侵入者と共に窓から出ていった。窓が開いて部屋に溜まっていた煙が僅かに晴れ、クリスとシェバは急いで窓に駆け寄る。が、そこにはもうアーヴィングの姿はなかった。

「クソ!……逃したか」

「仲間がいたなんて……」

苦々しい表情を浮かべて、クリスはデスクに積み上がった書類に手を伸ばす。ナツキもその内のひとつに目を通してみたが小難しい文章が並んだ書類ばかりだ。ウイルスだとか、兵器だとか。読んでいるだけで頭痛がする。

「……奴はここでいったい何をしていたんだ……」

クリスが書類を見ている間、俺はアーヴィングの言葉を思い出していた。

『お前は……。はっはは、お前がそうか』

"お前が、そう"──その言葉の意味を考える。けれど、考えた所で答えが自分の中にあるわけもない。

俺は、いったい何者なんだ……?俺は……?

握り締めた手が、小さく震えた。



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