｢さぁ、行くか｣

クリスさんがそう言って、扉を開けた。その後をシェバさんがついて行く。俺も置いていかれないように追いかけた。

｢──助けて！！誰か助けて！！｣

ナツキが外に出た瞬間、隣の建物の二階のベランダから金髪の女性が助けを求めてきた。突然の事に肩が大袈裟なくらい跳ねる。急な悲鳴は心臓に悪い。

は、と我に返るとクリスさんとシェバさんはすでに女性が連れ込まれた建物に突入しているところだった。置いていかれて、また襲われては堪らない。慌ててナツキも外階段を駆け上がり、中に入った。

｢大丈夫か？｣

遅れながらも部屋に入るともう戦いは終わっていて、クリスさんがぐったりとした女性を抱えていた。
普通の女性の筈なのに、変な感じがする。何故そんな感覚を覚えるのかよく、分からない。けれど、その女性が危険だと言うことは理解した。

｢クリスさん！離れて！！｣

叫びながら、考えるより前に体が動いていた。クリスさんを突き飛ばして、女性から強引に離れさせる。突然のことにクリスさんが、驚きながらも受身を取っているのが視界の端で見えた。

ごめんなさい。心の中で謝罪して、今は目の前のことだ。

｢……がはっ！！｣

状況を確認する暇もなく、俺の首に細い指先が巻き付く。細腕からは想像もつかないほどの強い力で首を捕まれている。せめてもの抵抗として女性の手首を掴み、離させようとしたがびくともしない。そうこうしているうちに酸欠からか、指先から力が抜けてきた。意識も朦朧とし始める。遠くで誰かが叫んでいるような気もするが、何を言っているのかまでは聞き取ることすら出来ない。

霞む視界の中、女性の口から気持ちの悪いモノがどろりと出される。


──死ぬのか。


薄れゆく景色の中でぼんやりと考えた。


──死にたくない。


ただその一心でナツキは最後の力を振り絞って、己の首を掴む女性の手首に力を込めた。無意識だった。

｢ぎぁあぁああああぁ！！！｣

ごきり、と骨の砕ける音がして、嫌な感触が手のひらに伝わった。それと同時に劈くような悲鳴が鼓膜を叩いた。気道が確保され、欠乏していた酸素が一気に肺に送り込まれる。急激な空気の供給にナツキはむせ返りながら、呆然としていた。

俺、今、何をした？

無我夢中だったとはいえ、人の手首を握力だけて折れる人間なんてあり得ない。格闘技か何かで鍛えている人ならまだしも、ナツキはそんな剛腕ではない。だが、握り潰したあの感覚は確かに手に残っている。

｢ナツキ！大丈夫か！！？｣

｢だ、大丈夫、です｣

マジニと化した女性にトドメをさしたクリスさんが俺の傍に駆け寄ってくる。俺が情けない顔をしながらも力なく笑ったのを見て、クリスさんは安心したように息を吐き出した。

シェバさんはまだ戦っているのか、外から繰り返し銃声が聞こえる。

｢クリスさん、シェバさんの援護してあげてください｣

｢しかし……｣

｢ちょっと休んだら、すぐ追いかけます｣

渋るクリスさんを、笑顔で無理矢理押し切る。出ていく寸前まで渋い顔をしていたが、ナツキの言葉に押されてシェバさんの援護に向かった。

暫しぼうっと座り込んでいたが重たい体を持ち上げ、ふらふらする両足に何とか力を入れて立ち上がる。眩暈がして倒れそうになるのを壁に手をついて耐えた。

｢はぁ、いったい、どうなってるんだよぉ……｣

俺も、この状況も。
本当に訳が分からない。

情けない声でナツキはぼやいた。外で絶え間なく続いていたはずの銃声がいつの間にか聞こえなくなっている。どうやら戦闘は終わったようだ。

｢ナツキ、大丈夫？あの女性がまさかマジニだったなんて気付かなかったわ｣

｢あ、あぁ大丈夫です。心配掛けてゴメンなさい｣

｢なら良かったわ｣

ナツキが無事だと分かると安堵したように小さく笑いシェバさんは、先へと進む扉を開けた。




知らなかったんだ。




そのときは、まだ