- ナノ -


襲撃から逃げて、俺とシェバさんは隠れるように建物の中に忍び込んだ。先に侵入したシェバさんが室内を見回して、何もいないことを確認すると俺を手招きで呼んだ。言われるままにおずおずと部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。

「ここなら暫くは大丈夫そうね」

安心させるためか、にこりと笑うシェバさんに俺は視線を落とす。後に残してきた男の人が心配だったのだ。あんな恐ろしい奴らが何人もいたのに、一人で置いてきてしまった。

「あの……男の人、大丈夫でしょうか……?」

「あぁ、クリスのこと?彼なら大丈夫よ」

私よりも強いから、とシェバさんは笑う。信頼しているのか、シェバさんの顔からはクリスさんが負けるというビジョンは想像もしていないようだ。それだけクリスさんは強いのだろう。

「そうだ、あなた名前は?私はシェバ・アローマよ」

「俺はナツキ、です」

名前はするりと口から溢れた。けれど、名字だけはうまく思い出せなかった。ノイズが掛かったように、そこだけが分からない。あれ、おかしいな。俺の名字って、何だったっけ?

「ナツキは日本人?」

「ぁ、はい、そうです」

違和感を覚えたが、シェバさんに追及もされなかったため、考えるのはやめた。その内思い出すだろう。

「どうしてここに?」

鉄格子のついた窓から外の様子を確認しながら、シェバさんが尋ねてくる。それは自分の事ながら、俺が聞きたい。
目覚めたらこんな所にいて、訳も分からないまま男の集団に襲われて、今に至るのだから。夢遊病にしては日本からアフリカなんて非現実的過ぎるし、誘拐にしてはこんなよく分からないところに放置なんて雑すぎる。

「ん……何というか、気づいたら此処にいたっていうか……?」

「気づいたら?どういうこと?」

シェバは外から視線を外し、ナツキを不思議そうに見た。

「本当に、気づいたらここにいたんです」

「変な話ね……クリス、青い屋根の建物の中にいるわ」

シェバさんは耳に手を当てクリスと通信した。クリスさんは無事、あいつらを撃退したらしい。信じていなかった訳ではないが不安だったのだ。俺はシェバさんの後ろでほっと胸を撫で下ろした。


それから程無くして、クリスさんと合流した。

「シェバ、無事か?」

「えぇ、大丈夫よ」

俺達の無事を確認すると安心したように笑顔を浮かべた。危険だったのはクリスさんの方だっていうのに。見た限りではクリスさんも怪我はしていないようで、俺も安心する。

あれだけの数の敵を相手にして、傷ひとつないなんて。どっかの軍かそういうとこの所属の人なのだろうか。ぼうっとそんなことを考える。

ふと、気づけばクリスさんとシェバさんの視線が俺に集中していた。

「え、と、なんですか?」

「ナツキ、銃は使ったことある?」

差し出されたのは銃だ。精巧に造られたレプリカではない、本物の銃。一般的にハンドガンと呼ばれる小型の銃をシェバさんに差し出されて、俺は戸惑いを隠せない。

平和な日本で暮らしていた俺には見たことはあれど、持ったことはおろか触ったこともない。当然使ったことなんて一度もないし、これからもないと思っていた。人の命を簡単に奪うことの出来る銃。それが今、俺の目の前に差し出されている。

おどおどとしながら、俺は首を横に振った。

「そう、じゃあ使い方はわかる?」

「引き金を引く、くらいなら……」

使い方なんて、興味本位で某ネットの百科辞典でちらりと見たくらいだ。正確な使い方なんて分からない。

「オーケー。それだけ解れば充分。セーフティを外して引き金を引けば弾は出るわ」

俺の答えにシェバさんは頷き、そっとハンドガンを握らせてきた。押し返そうとしたが、シェバさんは首を振る。

「危なくなったら、使いなさい……無理に使えとは言わないわ」

「……」

「俺たちが護ってやる。心配するな」

「……はい……」

手に握らされたハンドガンを見つめながら、ナツキは小さく返事をした。シェバさんから渡されたソレは想像よりもずっと重かった。

持つだけでも、身体が押しつぶされそうな気持ちになる。

自分を安心させるように言ってくれたのだろうクリスさんの言葉ですら、不安を煽ってるような気がした。


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