「──へ?」
目の前に広がる光景に呆けた。
全く見覚えのない場所に俺は突っ立っていた。乾いた空気を吸い込みながら、辺りを見回す。
建物は所々がトタンで接がれた襤褸屋ばかり、酷いところは土壁が抉れている。それだけで俺が今までいたはずの日本ではないことは確かだった。
はて、俺は夢遊病だっただろうか?
本気で考えたが、思い当たる節などどこにもない。首筋をじりじりと焼き付けるような太陽光が堪らなく暑い。その暑さから逃れようと一先ず近くにある建物の軒下に避難した。茹だるような暑さは変わらないが、直射日光が無くなった分幾らかは涼しい。
ふぅ、と息を吐き出して、自分の置かれている状況を改めて確認する。
「ホントどこだよぉ……ここ……?」
せめて人でも居てくれればどこだか確認できるのだが、周囲に人の姿は見当たらない。この暑さだ。皆家の中で過ごしているのかもしれない。
あまり気は乗らないが仕方ない。俺は渋々すぐ側の家の所々ペンキが剥がれた扉をノックした。乾いた音が三度響く。
暫くして扉が開いた。その隙間から顔を覗かせた人を見て俺は後悔した。目を赤く血走らせて荒い息をしている男は明らかに普通ではない。
「ぉ、おお邪魔しました……」
頭の中で警鐘が鳴り響いて、すぐに立ち去ろうとしたが出来なかった。俺が逃げるよりも先に男に腕を捕まれていた。
「いっ!?」
その力の強さに呻く。乱暴に腕を引かれて、家の中に引き摺り込まれた。とてもじゃないが歓迎されているようには見えないし、身の危険を感じる。恐怖で身体が震えた。
「あの、すみません……離して……」
おどおどと男に言うが聞こえていないのか、無視しているのか、男は止まらない。そのままずるずると引き摺られるままリビングルームらしき広い部屋の真ん中に投げ飛ばされた。
「いってぇ!!?」
ワックスも塗られていないささくれだった床に叩きつけられる。受身なんて取れるはずもない。痛みに呻きながらも何とか身体を起こし、顔を上げて俺は小さく悲鳴を漏らした。
先程の男と似たように目を血走らせた男が複数、俺を取り囲んでいる。即座に逃げようとしたが、向こうの方が早かった。
両肩を押さえ付けられて、そのまま床に仰向けに倒される。後頭部の痛みに悶える暇もなく、もう一人の男が俺の腹にのし掛かってきた。
「離せ!どけよ!!やめ──」
口元を押さえ付けられて、言葉が止まる。のし掛かる男の手元にあるモノに俺はぎょっとして目を剥いた。
細い触手が生えた、手のひら大の赤黒い塊が男の手の中で蠢いている。何だ、あれ。得たいのしれないそれに血の気がさぁっと引いていく。同時に冷たい汗が全身から吹き出して、俺は何とか男の下から抜け出そうともがいたが、びくともしない。
そうしている間に男はソレを俺の顔面へと近付けてきた。ソレから細い触手が宿主を求めるように此方に伸びてくる。ぴとりと触手の先が頬に触れた。
口に入れようとしているのが分かって、俺は必死に歯を食いしばって、身体をばたつかせる。何とかして逃げなくては。こんな訳のわからない所で死にたくはない。
その間も、ゆっくりと近づいてくるソレ。
周りの男に首を押さえられて、乱暴に口を開けさせられる。もう駄目だ、と諦めかけたそのときだった。
タァン、タァン──
何かが破裂するような乾いた音が響き俺の上に乗っかっていた男が崩れ落ちた。呆然としたまま、俺は横に転がる男の顔を見つめる。助かった、らしい。
足音が聞こえて、寝たままの状態の視界に入ったのは、銃を此方に構えた男性と女性だった。先程の乾いた音は銃声だったのだろう。その証拠に彼らの持つ銃口からは白い硝煙がふわりと上がっている。
「大丈夫か?」
安否を尋ねられて、彼らは可笑しくなっていない、普通の人なのだとわかり、俺は小さく首を動かした。緊張した身体から力が抜ける。涙がこぼれそうになった。
「怪我はしていない?」
「はい、怪我はないです……」
女性に身体を助け起こされて、俺はからからに乾いた喉から声を絞り出して答えた。俺の返事を聞いて、彼らは顔を見合わせてアイコンタクトを取ると此方に向けていた銃を下ろした。
やっと言葉が通じる人達と出会えたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。よろよろと立ち上がり、口を開いた。とにかく彼らには聞きたい事がたくさんある。
「あの、男……じゃなくて、えぇっと……」
「落ち着け、深呼吸をしろ」
知りたい事がごちゃ混ぜになって出てくる。男に言われるがままに俺は息を吸って、吐いた。それを何度か繰り返すと、気持ちは幾らか落ち着いた。
「ここは何処ですか?……それにこいつらはいったい……?」
「ここはアフリカのキジュジュ自治区だ。こいつらはマジニだ」
「あ、あふりかっ!!?」
思わず大声を出してしまった。
まさかアフリカなんて。想像の斜め上過ぎて予想すらしていなかった。となると夢遊病よりも誘拐の方が可能性としては高いが、それにしてはその前後の記憶が全く思い出せないのが気にはなる。
それに"マジニ"とは?
分からない単語が出てきて首をかしげる。
「クリス、そんな説明だけじゃ分からないわ。マジニっていうのは、プラーガに寄生された人間の事よ」
「……はぁ」
余計に疑問が増えた気がする。もう少し詳しく聞きたかったが、出来なかった。またマジニと呼ばれる奴らが襲撃してきたからだ。空き瓶や手斧を持ち、恐ろしい形相をした男達が騒々しく部屋へと侵入してくる。
「シェバ、下がれ!少年を頼んだぞ!」
「分かったわ!あなたこっちに来て!」
女性─シェバ、というらしい─に手を引かれるまま窓から外に飛び出した。建物の中では銃声とマジニの絶叫が響いている。
クリス、と呼ばれた男性が心配だったが、俺に出来ることは何もない。不安の色を隠せない瞳で建物を見つめていたが、俺はぐっと堪えてシェバさんに呼ばれるままその後を遅れないように走った。
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