- ナノ -


オルチーナ様には三人の娘がいる。上からベイラ様、カサンドラ様、ダニエラ様。彼女達はとても寒さに弱く、少し窓が開いただけでも悲鳴を上げる。過去に城の暑さに堪らず少し窓を開けた侍女を地下送りにするほどには寒さが嫌いだ。

とはいえ、暖炉を昼夜絶えず延々とつけていると灰や煤が溜まる訳で。少し掃除をサボればあっという間に城中が灰まみれになるだろう。城の暖炉をひとつずつ掃除するのは大変な労力で、私にとって執事という業務の中でもワーストランクに入るくらいには嫌いである。しかし、使用人は自分一人。私がやるしかない。

バケツとスコップ、軍手を用意して広間の暖炉の前に屈む。事前に火は消して置いたので、いい具合に冷えている。火傷しない程度になっていることを確認してから、私は燃え残った薪を取り除き、専用のスコップで灰を掬い上げた。

あぁ、しまった。マスクを忘れていた。舞い散る灰が鼻先を掠めて、くしゃみをしそうになって堪える。

全く歳をとると物忘れが多くて困る。肩口で鼻先を拭って、小さくため息を吐き出した。

「ちょっと!寒いわ!何で暖炉の火が消えているの!?」

階上でダニエラ様のヒステリックな悲鳴が聞こえてきて、顔を上げた。バタバタと大きな音を立てながらダニエラ様が階段を下りてくる。そして暖炉の前に私の姿を見つけると大股で歩きよってきた。

「あぁ、ダニエラお嬢様……今日は広間の暖炉の掃除をすると昨夜申し上げたでしょう?」

「……あ」

どうやら忘れていたらしい。
苦笑を溢して、私は口を開く。

「どうぞ御部屋へお戻りください。暫くは掛かります」

気に入らなかったのか、ダニエラ様はむう、と不満そうに頬を膨らませる。末っ子らしくダニエラ様は二人に比べて少々我が儘だ。オルチーナ様の言うことはよくきくのだが、私の言葉はあまり聞き入れてもらえない。

さて、どうしようか、と思いつつ、作業を再開する。この後も色々と仕事があるのだ。

「!?」

どん、と軽い衝撃。首もとに腕が回されて背中から抱き締められた。ダニエラ様の甘い香りが鼻腔を擽る。

「ダニエラお嬢様、お召し物が汚れてしまいますよ」

「いいの。汚れたって貴方が洗ってくれるでしょ?それより寒いから貴方の血が欲しいわ」

ダニエラ様の舌先がぬるりと首筋を這い、心臓が跳ねた。食べたくて食べたくて仕方ない。そんな風にうなじを舐められて、背筋が震える。

血を求められるのはこれが初めてではない。何度も求められている。オルチーナ様からもお嬢様からも。だが、いつまでたっても慣れそうにはない。

「またベイラ様がお怒りになりますよ。順番を決めたのでしょう?」

私の血は特別らしい。今までの誰よりも美味だと、オルチーナ様は仰っていた。

本当なら殺して地下牢に吊るして血を搾り取られるはずだった。けれど、殺してしまっては血はいつか無くなる。ならどうすればいいか──簡単なことだ。生かし続ければいい。私が生きているのはそういった理由からだと勝手に推測している。彼女らにとって私は極上のエサでしかない。その筈だ。

吸いすぎてうっかり殺さないように、とお嬢様は順番を決めて私の血を啜るようにしていて、次はベイラ様の番だった。私が指摘するとダニエラ様はまた不満そうに眉間にシワを寄せた。

「ねぇ。黙っててくれない?良いでしょう?」

「……少し、だけですよ……」

「うふふ……ありがとう」

仕方なく了承するとダニエラ様は悪戯っ子のようににまりと笑うと私の首筋に顔を寄せた。常人よりも鋭い犬歯が首筋の皮膚を破る。突き立てられた歯の痛みに身体を固くして、自分の身体の中から血が抜けていく感覚に耐えた。

耳元で聞こえてくる舌先の音が私に背徳感を味わわせた。

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