東ヨーロッパの山奥にひっそりと聳え立つドミトレスク城の一室で、私は雑巾を片手にせっせと窓を磨いていた。磨き残しが無いように気を付けて、しっかりと乾拭きもする。指紋汚れひとつない窓に私は満足げに頷くと、次の仕事へと取りかかった。
掃除、食事の仕込み、洗濯。その次は──脳内でやることを思い出しながら廊下を歩く。アンティークな調度品が見映えよく並べられたそこを歩く者は今は自分と主、その娘以外誰もいない。昔はもう少し賑やかだったのだが、気がつけば料理長も侍従長もいなくなり、城の使用人は自分一人だけになっていた。
初めは粗相をしたメイドが。その次はワインを割ったメイドが。一人、またひとり、と地下に連れていかれ、戻ってくることはなかった。
私もいつしか。
そう思っていたのに、何故か私だけは残されていまもこうして使用人として仕事をこなしているのだ。
「あら。こんな所にいたのね」
「オルチーナ様。何か御用でしたか?気が付かず申し訳ございません」
声に振り向くと城主であるオルチーナ・ドミトレスクが立っていた。人よりも倍背の高いオルチーナ様を見上げてから、私は頭を下げる。
「探してた訳じゃないから、頭を上げなさい。お母様に呼ばれたから少し城を空けるだけよ。すぐ帰ってくるわ」
「左様でしたか。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
お母様──ミランダ様。直接会ったことはない。オルチーナ様のお母様ならご挨拶を、とここに来た時に進言したのだが、オルチーナ様に絶対にそれだけは駄目だ、と止められて以来、そのままずるずると会わずにいる。
執事として少しばかり気掛かりではあるが、私の主人はあくまでオルチーナ様であり、ミランダ様ではないため、主がそう言うのであればそれに従うまでだ。執事とはそういうものである。
私は玄関先で一礼をして、出ていくオルチーナ様を見届けた。
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