- ナノ -


その次のエリアもまた特異菌に汚染されていた。岩肌には玉のようになったカビの塊がこびりついていて気味が悪い。酸素残量に気を付けながら、足早にエレベーターへ乗り込んだ。がりがりと時折壁を擦りながら下へと進んでいくエレベーター内で本部から通信が飛んでくる。

『クリス、ナツキ。傍受した通信の解析結果が出ました。やはりルーカスはエヴリンの監視データを"コネクション"に報告していたようです。悲劇を繰り返さないよう、必ず奴の確保を』

「奴を取り込みたいんじゃないのか?」

『もうこの話はしたはず』

「BSAAは納得して俺を派遣したんだろう。だが俺は"アンブレラ"の名を信用などできない」

かつてのアンブレラの所業は消して許される物ではないことは分かっている。だが、新しく生まれ変わろうとするその努力は認めてはいいんじゃないだろうか。オペレーターの嘆息する気配を感じとりながら、俺は二人の会話を黙って聞く。

『とにかく任務に集中してください。この話は戻ってからにしましょう。いい?』

「あぁ、分かった」

会話が終わるちょうどいいタイミングでエレベーターが止まった。比較的広い空間が広がっていた。掘削機や土嚢が残された場所には似つかわしくない機械が運び込まれている。恐らくルーカスが後から持ってきたものだろう。

色分けされたシャッターが3つ。赤、緑、黒──それらを見回して、どうする?とクリスに尋ねた。

「とりあえず、赤のシャッターのところへ行くか」

「了解」

シャッターの前に立つと自動的に開いた。この先はどうやら作業場に繋がっているようだ。警戒しながら、奥へと進む。その脇に鉄格子の部屋を見つけた。

「あっ……大丈夫!?生きてる!?」

鉄格子の隙間から見えた隊員の姿に俺は声をかけた。柱に縛り付けられている身体は血にまみれている。俺の声に反応して隊員はゆるゆると顔をあげた。

「お前は……BSAAの……」

「うん。助けに来た。辛いだろうけどもう少しだけ待ってて」

「あぁ……」

か細い返事に俺は顔を引き締め、クリスと顔を合わせて頷く。

エレベーターに乗り、更に下層へと向かう。広く、瓦礫の多い鉱山の作業場には大量のモールデッドが待ち構えていた。トロッコの線路に躓きそうになりながらも、攻撃をいなし、敵をハンドガンで撃ち抜いていく。

「っと、次から次へと……!」

強化されナイフのように鋭く尖った右腕を振り上げるモールデッドの右肩に銃弾を撃ち込んで吹き飛ばし、よろめいたところをクリスが殴り倒す。もうすっかり慣れたチームプレーだ。

「流石だな」

「努力したからね」

クリスと背中合わせになりながら、言葉を交わす。
義手になってから血反吐はくくらいに銃撃訓練を繰り返した。昔のように撃てるようになるまで本当に長かった。どれもこれも頑張れたのはクリスがいてくれたお陰だ。勿論親友の存在もあるけれど。

クリスが地を這う四つん這いのモールデッドを踏みつけて倒し、敵の音は消えた。周囲のクリアリングをして、周囲の散策をする。

鍵、無いかな?そんなことを考えながら、キョロキョロと瓦礫やコンテナの上に目を滑らせた。不自然に転がった歯車、クランク──色々ある。

「あっ!」

横向きに倒されたBOXの中に詰められたマネキンの腕に鍵が掛かっている。取ろうとして手を伸ばした瞬間にBOXが遥か高くに持ち上がった。空ぶった手を握りしめて、舌打ちをする。そう簡単には手に入れさせてくれないらしい。

「クリス。あのワイヤー下げられない?」

多分、形状的にさっきの牢屋の鍵だと思う。と告げるとクリスはワイヤーを巻き上げている機械の先を辿った。だが、その機械にクランクが填まっていない。

「近くにクランクはあるか?」

「んー……ちょっと待って……」

さっきその辺で見たな、と首を動かす。瓦礫のそばの大きな工業材料の上に錆び付いたクランクが見えた。あったあった。駆け寄って、クランクを拾い上げてクリスのもとへ戻る。クリスはクリスで足りない別の部品を見つけて取り付けていた。

「はい、クリス」

「あぁ、ありがとう」

上の穴にクランクを嵌めて、クリスがハンドルを握り、力を込める。ぎぎぎ、と鈍い音を立てながら歯車が動きだし、ゆっくりとワイヤーが降りてきた。すぐ取れるようにと俺は下降地点で待機する。

「よし、鍵ゲット!」

マネキンの腕に引っ掛かった鍵を取り、満足げに笑っているとBOXの影からにょきりと巨体が顔を出す。目のない白い肌のモールデッドが俺を見下ろしていた。

「ひっ!ぎゃああああ!!」

盛大な悲鳴を上げ、反射的に銃を構えると狙いもつけずに引き金を引く。久しぶりにびびり散らしている。何あれ怖い。

「ちょっええええええぇ!!ぜんっぜん効いてないんだけど!」

マガジンが空になるまで脳天にぶちこみ続けたのに、巨体のモールデッドはびくともしちゃいない。それどころか俺に向かって突進してきた。間一髪横に飛んで、その攻撃を避ける。背後でトロッコがはね飛んで行くのを見て唾を飲み込んだ。あんな一撃を食らったら、間違いなく重傷だ。

『新型のようです。攻撃は効かないので退避してください』

「オペレーターさんんん!今その解説いらない!!!」

『もう少し声量落としてください。五月蝿いです』

「う、すみません……」

銃が効かないなんて、どんなチートキャラなんだよ。淡々としたオペレーターに思わず突っ込みを入れながら、ナツキは全力疾走で巨大なモールデッドの脇をすり抜ける。

ピコン、と視界の下の方に"警告:高再生能力により攻撃無効"と表示された。ちょっと遅い。表示するなら銃を撃つ前に表示して欲しかった。マガジン一個分無駄にしたじゃないか。

「ナツキ!撤退するぞ!エレベーターまで走れ!」

「言われなくてももう全力疾走だって!」

行きに乗ってきたエレベーターの呼び出しボタンを乱暴に殴り付ける。幸いエレベーターは乗ってきたときのままだったようで、すぐに開いた。扉が開ききる前に身体を滑り込ませて、上ボタンを連打する。一定の動きでドアが閉じていく。

その向こうでエレベーターのすぐそこまで新型モールデッドが迫り来るのが見えた。

「ひぃっ!」

思わず目を閉じる。
ずしんとエレベーターが揺れて、電灯が衝撃でちらつく。だが、巨体のモールデッドがドアをこじ開けてくることはなく、それだけだった。

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