- ナノ -



胸一杯に朝の清々しい空気を吸い込む。照りつける太陽の日差しは眩しく、俺は目を細めながら口元を上げた。真新しい防護ベストに身を包んだ俺は、昨日の夜からずっと緩む頬が抑えられない。こんな顔をジェイクあたりに見られでもしたら、100%バカにされる。

いやでも、ずっと思い描いていた夢が叶ったんだ。少しくらいデレきった気持ちの悪い顔をしたって良いじゃないか。

右手をぐいっと上へと伸ばしてから、一度ぐるりと腕を回す。よし、問題なし。義手の感度は充分だ。

さて、と──モバイルで時刻を確認した。そろそろ時間だ。初任務だから、時刻くらいはきちんとしなくては。
ぺちんと両頬を叩いて気合いをいれ、緩む顔を抑えてまっすぐ前を見て歩きだす。

──カランカラン

ドアを開けると来客を示すベルが鳴った。それに気付いた店主が「いらっしゃい」と挨拶をする。ナツキはそれに軽く会釈を返して、一人ランチを楽しむ男の背後に忍び寄った。
焼けた肉の香ばしい匂いが鼻を擽る。美味しそうなステーキが男の肩越しに見えて、涎が出そうになった。

いけないいけない。任務に集中しなくちゃ。

自分を律し、努めて落ち着いて口を開いた。

「お、お食事中失礼します、レッドフィールド隊長。本部より指令ですので、至急来ていただけますでしょうか?」

緊張で吃音してしまったが、我ながら上手く言えた。"レッドフィールド隊長"なんて何だかよそよそしくて慣れない。ナツキに気付かず「あぁ、分かった」と返事をしてクリスが立ち上がった。此方を見た時のクリスの反応を想像してまた頬が緩むのを感じながら、敬礼をしてその瞬間を待つ。

「……ナツキ……?」

振り返ったクリスの表情が可笑しくて、ナツキはにまりと笑った。

「初めまして。つい最近BSAAに入隊したナツキです。どうぞよろしくお願いします」

わざとらしい挨拶をして、俺は石化しているクリスに右手を差し出した。右肩にはBSAAを示すワッペンが貼り付いている。

あの後シモンズの起こした大規模ウイルステロが終息し、行く宛のなかった俺はBSAAに所属することを決めた。勿論B.O.W.である俺がバイオテロ対策組織に入隊することに対し、当然多くの反発もあった。化け物と何度も罵られた。聞いたこともない罵詈雑言を投げ付けられた。それでも諦めずに頭を下げ続けた結果、晴れて入隊できた。

ジルやピアーズの協力もあって、だけども。

二人がいなければ多分無理だった。クリスに言えばそれももっと簡単だったんだろうけれど、クリスの力は借りたくなかったのと、驚かせたくてひとりで頑張ったのだ。ジルとピアーズにもわざわざ伝えるな、と口封じをして。

「……ナツキ、それは本当か……?」

呆然としたまま、クリスが尋ねてくる。ワッペンを叩いて、ナツキは不敵に笑って大きく頷いた。

「ずっと内緒にしてたんだ。ジルとピアーズにも協力してもらって!ドッキリ大成功!」

ぶいぶいぴーとピースをしてウインクひとつ。釣られたようにクリスも笑みを浮かべた。

「〜っとに、驚かせやがって!」
「ちょっ、わ、髪の毛乱れるってば!」

荒っぽく頭をかき混ぜられて、折角の髪型が鳥の巣に変身する。あぁ、もう。むすりとして髪を手櫛で整えて、クリスを睨む。

「悪い悪い、ついな」

愉快そうに頬を緩めながらおざなりに謝られたが、ちっとも謝られている気がしない。

「何するんだよ、クリス」
「隊長、だろ」
「えー……」

"隊長"を強調されて、俺は面倒くさいと顔を顰めた。いつも"クリス"と呼んでいたから、いきなり"レッドフィールド隊長"なんて呼ぶのはむず痒い。

「ほら、呼んでみろ」

促されると、呼ぶのが照れ臭くなって渋る。もだもだしていたら「早くしろ」なんて急かされて、仕方ないなと小さく息を吐き出した。

「隊長、これからもよろしく!」

それにクリスが含み笑いをしながら頷く。笑い混じりのそれにナツキはちょっぴり頬を膨らませた。

「さあ、行くか。遅れるなよ?」
「隊長こそ遅れないでよ?」

一度口に出してしまえば、恥ずかしさも違和感もどこかにいってしまった。

クリスとまた一緒にいられる。その事実がとても嬉しくて。俺はまだまだ未熟だけれど、今はこうやってクリスと肩を並べられる、それだけで充分だ。

クリスと共に店を出た。涼しい風が吹き抜けて、俺は目を細める。真新しい衣服はまだ少し固くて動きにくいけれど、新しい一歩は軽い。


まだ知らない未来に向けてナツキは歩きだした。




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