- ナノ -


目が覚めると白い天井が視界を覆った。蛍光灯の目映い白が起き抜けのか弱い目を容赦なく突き刺して、反射的に手で庇う。うぅん、と呻きながらのろのろと身体を起こして部屋を見回した。

つんと鼻につく薬品の匂いと、白を基調とした清潔な部屋の雰囲気からして病院のようだ。開けられた窓から心地の良い風が入り、カーテンを揺らしている。個室のようで、他には誰もいない。静かな一室。ただ不思議と不安はなかった。

失くした右腕が眠る前の全てが真実だと教えてくれるから。レオンとヘレナ、シェリーとジェイク、ピアーズ──それから、クリス。全ての出会いは、再会は、夢のようで夢じゃない。

「あぁ……良かった……」

左手で右肩に触れる。白い包帯が巻かれていて傷口は見えないが痛みもなく、触手が生えた様子もない。

──コンコンッ

控えめに病室の扉がノックされた。物思いに耽っていた俺は前触れのないその音にびくりとしつつ、平静を装って「はい」と返事をする。

「ナツキ!?目が覚めたのか!?」
「うっわっ!?ピアーズ!?──って、いでだあだだああ!!?」

勢いよく扉が開き、見覚えのある顔がナツキに突っ込んできた。その蹴破らん勢いと音に心臓が跳び跳ねて、貼り付けた平静さは一瞬にしてひっぺがされる。更にはがっちりと暑苦しい抱擁までされて、薄皮が再生したくらいの右肩に激痛が走った。

悲鳴を上げ、左手で回された腕を連打してようやっと解放される。酷い。酷すぎる。痛みのせいで半泣きである。テンションが上がりすぎてそんなナツキには微塵にも気がついていないのか、ピアーズはにっと笑った。

「隊長もすぐ来るからな!」
「え!?ほん──いだ、だ、だっ!?」

何か恨みでもあるのか。背中をべしべしと叩かれて、振動で傷口が疼く。本当?と聞きたかったのにピアーズのせいで悲鳴しかでない。痛みを堪えながらジト目でピアーズを睨んだが、当の本人は「隊長まだかな」なんて呟いてそわそわしている。ピアーズの隊長バカも相変わらずだ。

それはさておき、ナツキ自身もクリスに会いたい。耳を澄ませて近づいてくるだろう足音を待った。

「──悪い、少し遅れた……」

ノブが捻られて、クリスが入室する。俯いているせいで俺が目を覚まして、身体を起こしているのに気付いていないようだ。申し訳なさそうに後頭部を掻いて、俯き謝罪するその表情は些か暗い。吐息を漏らして笑みを浮かべ、俺は努めて明るく声を出した。

「クーリスッ!おはよー!」
「ナツキッ!?」

物凄い勢いで顔が此方を向く。最初の"く"あたりで顔が上がっていた。その速さに少々ビビりつつも笑顔でクリスに手を振る。

ベッドサイドまで大股で歩み寄ってきたクリスの顔を見て、ナツキは笑顔のまま硬直した。喜怒哀楽全てがない交ぜになった今までに見たことのない表情をしていたから。

「………………」

僅かに口を開けた。が、そこから音は出てこない。
言葉に迷うようにはくはくと口を開閉して、諦めるみたいに口を閉ざす。

「…………」

無言のまま頭に手が乗せられる。俺の大好きな温かくて優しい手のひら。その温もりを感じて俺は目を細めた。

「……ナツキ」
「うん、」

名前を呼ばれて、顔を上げる。優しい瞳と視線が絡み合った。

「──おかえり」

B.O.W.である俺に本当なら帰る場所なんてないはずなのに。クリスはいとも容易くその場所を作ってくれる。照れくさくて、嬉しくて、どうしようもなくて笑みが漏れた。

それから小さく頷いて俺は言う。

「ただいま、クリス」

窓から入ったそよ風が、ふわりと三人を撫でる。
澄み渡る空はどこまでも青かった。


-fin-


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