- ナノ -


館の中は沢山の人形が並べられていた。
無機質な人形がナツキ達を観察して薄笑いを浮かべているようで気味が悪い。それはさておき館は比較的小綺麗で、荒らされた形跡もない。村とは違い、高級そうな調度品も並べられている。

あちこちに転がる人形以外は普通の何の変哲もないただの館だ。

「誰もいないな」

「そうだね」

誰もいないが、ずっと見られているような気配がする。ナツキは警戒するように何度も辺りを見回したが、誰も見当たらなかった。

「ナツキ、こっちにエレベーターがある」

アンティーク調のクローゼットの中を覗いていたら、イーサンに呼ばれた。起動はしているようですぐそばに取り付けられたスイッチは白く点灯している。
二階のゲストルームもリビングも人は居なかったし、他に行ける場所もないし、と二人はエレベーターに乗り込んだ。

地下階。冷えた空気が頬をなぞる。地下にも人の気配はなかった。ハンドガンを構え、恐る恐るエレベーターから降りる。書斎と鍵のかかった部屋がひとつ。L字型の廊下を抜けて、両開きの扉を開けた。

きぃ、扉が軋んだ音を立てる。素早くハンドガンを構えてクリアリングをした。そう大きな部屋ではない。恐らく人形を造る工房のようで、衣装用のミシンや、作りかけの木製の手足が天井から吊るされている。

人は──いない。代わりに椅子に花嫁姿のビスクドールが箱型のフラスクを抱えて座っていた。それを見た瞬間イーサンが大股で近づき、瓶に手を伸ばす。

不意に暗転した。同時に掠れた女の声が響く。

「アンジー、ずっとあなたを待ってたの。あたし、ローズよりいい子だよ。お願い。アンジーのパパになってよ……永遠に」

うふふ、と笑う声を最後に電気が復旧する。フラスクと花嫁姿のビスクドール──アンジーの姿は消えていた。

「待て、俺の武器は……?」

「へ?うわ、俺の武器もない!いつの間に……」

確かに握っていた筈なのに、手元の銃も腰に着けていたマグナムもコンバットナイフまでも無くなっていた。暗闇に乗じて掠め取られたらしい。

「最悪だ……」

敵に武器を奪われるなんて、クリスに知られたら何やってるんだって怒られそうだ。

「これは……ミアの……人形?」

イーサンの呟く声に顔を上げると、部屋の中央の台に等身大の女性の人形が寝かされていた。髪の感じや、そばに置いてある写真からそれがミアを模しているのがわかる。

「何のつもりだ、あのクソ人形……」

不快感を露にしながらイーサンが吐き捨てた。fワードを繰り返すイーサンに苦笑いを漏らしつつ、状況を確認するためにナツキは部屋をぐるりと回ってみる。

ナツキたちが入ってきた扉にはダイアル錠が取り付けられていた。あの一瞬でつけたのを考えると敵の手際の良さには舌を巻く。それから十字架を模したような細工が取り付けられた扉。部屋から左手に伸びる廊下の奥には仕掛け扉があった。どちらも鍵が掛かっていて今は開けられそうにない。

「何か見つかった?──ってめっちゃ分解してる!?」

廊下の奥から戻ってきたら、イーサンがいつの間にかミアの人形の手足をもいでいた。

「あぁ。どうやら人形に細工がしてあるらしい。鍵とゼンマイを見つけた。後──」

後、とイーサンが人形の取れた腕のパーツと顔を指し示した。木製の腕を手に取り、間接部分を覗きこむと三つの目が描かれた鉄の円盤が嵌め込まれている。瞳には右を向いた烏が描かれていた。口の中にも薄い何かがあるみたいだが、喉元過ぎて指先が届かない。

「口の中のは分からないけど、腕のと目は奥の扉を開けるための仕掛けのヒントだね」

「この鍵はそっちの扉か」

「うん。合ってると思う」

情報共有をして、脱出のヒントを探る。使う場所が一番分かりやすい銀の鍵を使い、磨りガラスで区切られた部屋へと入った。

そこも恐らく人形造りに使用する部屋なのだろう。本棚には人形造りに関する本がずらりと並び、テーブルには薬品瓶や顕微鏡が置かれていた。しかし、脱出に使えそうな物は見当たらない。

「何かありそう?」

「いや……」

反対側を調べていたイーサンもめぼしいものは見付けられなかったらしく、首を横に振っていた。

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