『気圧の異常を感知。扉を全てロックします。速やかに庫内の気圧を調整してください』
丁度扉を開けようと冷たい鉄板に手を触れた瞬間、そんなアナウンスが流れて、扉にロックが掛かった。扉の右隣に小さな電子モニターが設置されている。コンソールと──アナウンスもここから発されているようだ。モニターは赤く染まり、"ロック中"と表示されている。
「えー……と?」
気圧の異常?と首を傾げながら、レバーやボタンがついたコンソールを一通り眺めた。その隅に"気圧調整"と書かれたボタンがあることに気付く。他に気圧関連のボタンはないし、これで間違いないだろう。左手でボタンを押し込んだ。
モニターが緑に変わり、気圧の調整が始まった事をアナウンスが告げた。
「……なっ!?まだ生きていたのか!?」
クリスのぎょっとした声にナツキは振り返る。硬いものが割れるバキバキという音が響いて、青黒くなったハオスが脱皮をするみたいに一回り小さくなって元の身体から出てきている最中だった。
ナツキ達を視界に入れるとハオスは再び襲い掛かってくる。
「チッ!しつこい奴だ!!」
うんざりとしたように舌打ちをして、ピアーズがショットガンを構えた。
『庫内減圧中です。暫くお待ちください』
この状況にはそぐわぬ落ち着いた女性のアナウンスが気圧の状況を伝えてくる。その声を聞き流しながら、ナツキは地面を蹴った。
つくづくC-ウイルスとは面倒なウイルスだ。蛹になって復活するなんて芸当はウロボロスにはできない。その上個体によってはかなり頑強だ。クリスとピアーズが何度も攻撃を加えるが、倒せたと思ってもまた蛹になって復活する。小さくなっていくにつれて動きも速くなり、逃げ回るのに体力を使っているからか、鍛えている筈の二人の息も荒い。戦闘が長引けば不利になる。
「倒れろ!」
近付いてきたハオスの顔面を殴り飛ばした。コンテナにぶつかりダメージを受け、再び蛹になろうとするハオスに二人が追撃する。蛹になったといえど完全に攻撃が効かなくなる訳じゃない。むしろチャンスだ。
延々と続く攻撃に耐えられなくなった蛹皮が壊れて、再生が出来ていない、二つに分かれたままの中途半端な状態のハオスが飛び出す。自己再生の反動で動けないのか、弱点らしき箇所を露出した状態で痙攣していた。
「チャンスだ……!」
クリスが素早く接近し、大振りのコンバットナイフを橙色の鼓動する心臓のようなモノに突き立てる。風船が割れるみたいに弾けて、血が撒き散らされた。それでもなお決め手にはならず、ハオスはビクビクと身体を震わせて自らの半身とくっつくと逃げるようにコンテナの上に飛ぶと再び蛹化する。
攻撃が届きにくい場所なら安全だと思ったのだろう。それくらいの知力はあるようだが、甘い。地を蹴り容易くコンテナに着地した。
「俺がいること、忘れて貰ったら困るね!」
触手で瓦礫を掴み、思い切り叩きつける。蛹を破壊しながら、ハオスをコンテナからぶっ飛ばした。そしてそのままハオスを触手で押さえつけて、クリスに目配せする。
言葉にしなくともそれだけで十分だ。ナツキの意思を汲み取ってクリスが露出した急所にナイフで一閃した。
『オォオオオオォオオオ!!!』
聞き苦しい断末魔を上げて、ハオスはついに蛹化せずに倒れた。
やっと、倒した。地に伏したまま微動だにせぬハオスを見て、ようやっと三人は身体から力を抜き、息を吐き出す。
「……やっとか……しぶとい奴だったな……」
クリスの小さな呟きが、断末魔の消えた静かな空間に反響した。それに内心で同意しつつ、コンテナから降りようと視線を下に落とす。
──どくん。
心臓が妙な動きをした。目の前がぐにゃりと歪んで、身体から力が抜ける。傾いた身体が重力に引かれて落ちた。受け身も取れず、全身が水に濡れる。気持ち悪いと思う余裕もなく、胸元を押さえて呻いた。
「うぁ……うぅ……」
心臓が焼けるように熱く、頭の中を何かに侵食されるように意識が混濁していく。この感覚をナツキはずっと前に感じたことがある──ウェスカーに操られた時だ。
しかし、もうウェスカーはいない。
つまりそれは、それが意味する事は、
──ウロボロスに、意識を侵食されている……?
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