- ナノ -



「ピアーズッ!!!」

地面を蹴り、飛び跳ねる。手を伸ばしてピアーズを掴み、そのまま身体を強く抱き締めた。目を閉じて落下の衝撃に耐える。

「くっ、ぅぁ……」

ざくり──右肩に焼き鏝を当てられたような灼熱を感じた。そして言葉も発せない程の激痛。身体を震わせながら、左手を右肩に這わせた。ぬるりとした生暖かい液体が指先を汚す。

「な……!ナツキッ!?」

ちかちかと明滅を繰り返す視界の中で、ピアーズが茫然と俺を見つめていた。よく見えないがピアーズに怪我はないようだ。良かった。護れた。ふ、と息を吐き出しながら、緩く笑みを浮かべる。

「何で笑ってんだ!馬鹿か!?」
「……ごめん。でも、ピアーズに傷付いて欲しくなかったから……」

そう言うと面食らったようにピアーズは目を見開き、開きかけていた口を静かに閉ざした。

「……っ、」

傷が深いせいか、いつもより治りが遅い。痛みの波に合わせて息を吐き出す。暫く耐え凌げばこの痛みも問題なく消える筈だった。

──何も、なければ。

「ナツキッ!ピアーズッ!!」

絶叫に近いクリスの声に顔を上げた。見えたのは此方に飛んでくる巨大なコンテナの破片だ。半ば反射的にそばにいたピアーズを左腕で突き飛ばした。横腹を殴るような形になってしまって、ピアーズは呻いていたが謝る余裕はない。

ぐちょ、だかぐちゃ、だかそんな音がしたと思う。瞬間的な痛みに一瞬息が詰まり、視界が真っ白になった。

「──ああああああああああああ"あ"あ"あ"!!!」

ない。右腕の感覚がない。
指先も、二の腕も何も分からない。握っていたハンドガンの感触もない。全身から脂汗が噴き出して、ナツキは絶叫した。叫ばずにいたらそのまま意識がどこかにいってしまいそうだった。

痛くて、痛くて、痛くて、痛い。先程の比ではない激痛がナツキを蝕んだ。

「うわぁああっ!!」

目の前は真っ赤に染まっていたが、クリスの声ははっきりと聞こえた。激痛を堪えながら、首をもたげる。

「……クリス……」

濁った視界にハオスの手に捕らえられたクリスが映って、どくりと心臓が嫌な音を鳴らした。みるみるうちにクリスが青ざめて、動きを鈍らせる。

──助けなくちゃ、俺が……俺が!!

歯を食い縛り、破片に串刺しになった右腕を無視して荒々しく立ち上がった。腕が嫌な音を立てて引きちぎれるのも構わずに。
夥しいほどの血が溢れ落ち、全身を染める。腕は完全に千切れてしまったが、不思議と後悔はなかった。ただ後先の事など考えていなかっただけだ。

クリスを助けたい。それだけだった。

「うぉおぉおおおおぉおおおお!!!」

雄叫びを上げて、ハオスに向かって突進し、失った筈の右腕を振り上げた。
ぐにゃぐにゃとしたウロボロスの触手が失った右腕を補うように右肩から飛び出し、触手はナツキの意思のままにハオスの腕に絡み付いて締め付ける。ぎりぎりと圧潰せんばかりに縛り上げると、ハオスは耐えかねたようにクリスを手放した。

解放されたクリスはギリギリの所で受け身をとり、着地する。

「クリス!無事!?」

すぐさまクリスに駆け寄り、安否を確認した。圧迫で呼吸が出来ていなかっただけで、流血するような酷い怪我は無さそうだ。俺はほっと胸を撫で下ろして、左手でクリスを助け起こした。

「ナツキ、お前……腕が……!?」
「っ……大丈夫だよ!今はあいつを倒さなきゃ!!」
「何処が大丈夫なんだ!?腕がそんなことになってるってのに──!」

「隊長!ナツキ!そこから逃げてください!!」

言い争っているとハオスを挟んで向かい側にいたピアーズが叫ぶ。我に返ると、ハオスが二人を掴もうと迫っていた。

「負けないっ!!」

庇うように一歩前に出て、ウロボロスの右腕を突きだす。触手の一本一本が意思を持つようにうねりながら、ハオスを倒さんと骨のように細く白い指先に巻き付いた。

──これなら倒せる。

全身全霊の力を込めて、ハオスの指先をへし折ってやった。

『ォオオオオォオオオオオ!!』

ボキリ。小気味良い音がした。ハオスが悲鳴を上げ、ナツキを振り払おうと腕を振るう。触手で巻き付いていたナツキも一緒に宙を舞った。タイミングを見計らい触手を離し、素早く体勢を整えながら、そばにあったコンテナの上に着地する。

ずっと俺を呼ぶクリスの声が聞こえていたが、それに返事している余裕はない。怒られるだろうなとどこか他人事のように考えながら、俺はハオスを攻撃すべく骸のような顔面に触手を伸ばした。

『オォオオッ!』

ハオスも反撃しようと腕を伸ばしてきたが、ナツキの触手がハオスの顔面を掴む方が早かった。そのまま捻り潰そうとしたが、想像以上に硬く、びくともしない。どれだけ力を込めても軋みはしても、破壊には至らず、一旦ナツキは触手を離す。

「ナツキ!ひとりで戦おうとするんじゃねぇ!!」

ショットガンをハオスに叩き込みながら、ピアーズが怒鳴った。

「少しくらいは……俺達を、仲間を頼れ!!」
「……うん!」

その言葉が嬉しくて、戦闘中なのに笑みが溢れる。心の距離が縮まっているのが分かって嬉しかった。

クリスとピアーズはそれぞれ各々の銃器を手に応戦し、俺は触手でハオスを締め付ける。ハオスは中々倒れなかったが、三人の猛攻に徐々に動きを鈍らせた。

「倒れろ!!」

コンテナの上から跳躍し、右腕を振り上げて力いっぱいハオスの顔面を殴り飛ばす。図体の大きさから吹き飛びはしなかったが、それが決め手となりハオスは身体を痙攣させた後、青黒くなって動かなくなった。

その傍らに着地して、そっと息を吐き出す。左手を右のそれに触れた。確かに右腕に触れている感触はあるが、そこにあるのは赤黒く揺らめく触手だ。ぐにゃりぐにゃりと揺れるそれは自分の物でありながら、個であるようにも感じて奇妙な気分になる。

「ナツキ!!大丈夫か!?」

足元の水を派手に跳ねさせて、蒼白な顔をしたクリスが駆けてきた。震える腕でナツキの右肩に触れ、クリスは顔を歪めて俯く。

「……また、お前ばかりを……護れなくて……すまない……」

クリスもナツキと同じ気持ちだったんだろう──自分を省みずに誰かを護りたかった。それが分かってナツキは困ったように笑みを浮かべて、左腕をクリスに回した。右腕の触手がクリスを傷付けないように気を付けながら、優しく。

「俺は嬉しいよ……クリスが無事で」
「馬鹿か……俺のために自分の命を賭けるな……」

泣きそうな、いや、目尻に涙を浮かべて、ナツキを抱き締め返した。強く強く、痛いくらいの抱擁。その痛みが、自分がまだ生きていると実感できた。

「本当にな……俺のために、右腕を失うなんて……馬鹿だ」

ピアーズが失った右腕を見て、申し訳なさそうに眉を下げる。それでもナツキはただ微笑んで、クリスを見上げた。

「クリス、ピアーズ……俺は馬鹿でもいいよ。大切な人が護れるなら……俺は幸せだから」

俺とは対照的な二人の苦い表情に苦笑し、クリスの腕の中から出ると先に進む扉へと向かう。「本当に馬鹿だ……」というピアーズの小さな呟きには聞こえない振りをした。

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