- ナノ -


何とかエレベーターに飛び乗って、ハオスを振り切った。扉が閉まり、ゆっくりと上昇していくエレベーターの中で、ナツキは胸元に手を当てて息を吐き出す。心臓がうるさい程に早鐘を打っている。

しかし、まだ安心は出来なかった。ハオスはまだ追跡を諦めていないようで、鈍い振動が下層から伝わってくる。到着を知らせる小さな音が鳴り、扉が開いた。

──ちゃぷん。

足元で水が跳ね、ブーツが濡れた。ハオスが目覚めたことで、施設にズレが生じたのだろう。壁の亀裂から浸水している。

「まさか……上がってくるとか、ないよね?」
「いや、そのまさかだろうな」

鈍い音が徐々に近付いてくるのを感じながら、俺はひきつり笑いを浮かべてクリスに訊ねてみた。当然クリスの答えも嬉しくないものだったけれど。

中央の隔壁の隙間からにょきりと白い腕が伸びて、ハオスが姿を現した。

「うわっ!」
「マジかよ!まだ生きてんのか!?」

同時に隔壁が閉じ、ハオスの胴体を切断する。赤が撒き散らされたが、それでもなおハオスはナツキ達を屠ろうと手を伸ばしてきた。

「トドメをさせ!」

言うのは容易いが、身の丈以上のB.O.W.を倒す手立てが見つからない。

以前にも大きなB.O.W.と相対したことはあるが、あの時はガトリングや衛星レーザーがあったから倒せただけだ。今この場にそんな都合の良い武器なんて転がっていない。それに脛ほどまである水が動きを鈍らせる。

三方向に散って、それぞれが撃ってはいるもののハンドガンではせいぜい豆鉄砲程度だ。効いているのかどうかさえわからない。苦々しい表情を浮かべながら、ナツキはマガジンを入れ換えて、弾を装填した。

「ナツキ!ピアーズ!コイツを引き付けてくれ!」
「りょーかいっ!」

クリスがショットガンからグレネードランチャーに持ち替えながら叫ぶ。あれならハンドガンよりも幾らかはダメージは通りそうだ。

「こっちだ!でっかい奴!!」

這いずりながらもクリスに迫ろうとするハオスの前に躍り出て、二、三発銃弾を叩き込む。眼球のない虚ろな骸がナツキを見下ろして唸った。唾を飲み込み、冷たい汗を流しながらも負けじと睨み返す。

巨大な手がナツキを目掛けて振り下ろされた。

「……っと!」

図体の分動きは鈍い。しっかりと目視していれば避けられる攻撃だ。素早くサイドに避けて、ハオスに目掛けて更に銃弾をお見舞いしてやった。

わざと水を蹴りつけて音を立ててハオスの視線が外れないようにしながら、クリスから距離を取るように回り込む。ハオスの向こう側で照準を合わせているクリスと目が合った。クリスなら確実に当ててくれるという確信で自然と笑みが漏れる。ナツキを捕らえようと伸ばされた手も全然怖くなかった。

ドン──と、発射された弾丸が弧を描いて、ハオスの背で爆発する。伸ばされた手はナツキの目前で力なく落ちた。

『オオオオオオォオオオッ!』

苦悶の悲鳴を上げてもがくハオスへ、トドメを刺すべくありったけの弾を撃ち込んだ。ピアーズはショットガンを、ナツキはハンドガンを只管に撃つ。

三人の猛攻によりついにハオスはその巨体を地に伏して沈黙した。

「よし……って、え?」

思ったよりもあっさり倒せたな、と安心したのも束の間で地を揺るがすような轟音が建物から響き、天井のガラスが割れて大量の水が流れ込む。逃げる間もなく、水に呑まれた。反射的に息を止めて、水を飲まずにすんだ。
揺らぐ水の中で体勢を整えて辺りを見回す。ぼやけた視界の近い場所でクリスが手で合図したのが見えて、ナツキは頷いて水中を掻いた。

「はあっ!死ぬかと思った!」

まだ上層部付近は浸水しておらず、ナツキは顔を出し、大きく息を吸い込んで酸素を補給した。海水のようで口の中にしょっぱさが混じる。それを吐き出しながら、ナツキは浸水の進んでいない足場に上がった。

すっかり全身ずぶ濡れだ。下着まで濡れて気持ちが悪い。服の裾を絞りながら小さくため息ついた。

「二人とも大丈夫か?」
「問題ありません」
「何とかね」

急ぐぞ──クリスの言葉に俺とピアーズは頷いて、奥の扉に走った。



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