- ナノ -


へくちっ──急に鼻がむずむずして、思い切りくしゃみをしてしまった。鼻を擦りながら、うへぇと身震いする。

「風邪かなぁ……」

寒空の下、雪の中で眠っていたらそれも当然か。やれやれとため息をついて、服の袖で鼻水をぬぐう。

ナツキとイーサンは聖杯の祭壇から北へと進んでいた。何故か霧が濃くなり、視界が悪くなる。そこかしこに転がる不気味な西洋人形が怖くて、俺は出来る限り距離を取りながら歩く。

「──ここ、通らなきゃだめ?」

あまりにも心許なさすぎるつり橋を前に、ナツキは二の足を踏む。霧のせいでハッキリとは分からないが、相当な高さがありそうだ。

「なら、ここでお別れだ。短い間だったな」

「ちょっ……!誰も行かないなんて言ってないってば!」

俺をおいてさっさと先へと進んでいくイーサンの後を慌てて追いかける。それがいけなかった。爪先が雑に並べられた木の板に引っ掛かり、つんのめる。

「ひょええぇっ!」

「バカお前!」

転倒しかけて反射的にロープを掴んだ。ぐらぐらと揺れて不安定さを増したつり橋に涙がちょちょ切れる。

「イーサンンンン……ヘルプゥゥ……」

暴れ牛の如く揺れるつり橋のど真ん中でロープを掴んでへたりこみ、情けなくもイーサンに助けを求めた。ケイナイン辺りに見られたら絶対バカにされると思うが、怖いものは怖いのだ。本当につり橋にはいい思い出がない。

「……ったく、何やってんだ。ほら、立てるか?」

渡りきっていたのにイーサンはわざわざ戻ってきて手を差しのべてくれた。優しさを噛みしめながら、その手を握り返す。

「イーサン、ありがとう」

「はいはい。どういたしまして」

面倒そうにしながらも何だかんだイーサンは、俺が渡り終えるまでずっと手を繋いでいてくれた。

prev mokuji next